『家族はつらいよ』(山田洋次監督)を見てきたばかりだという男性にお目にかかった。奥様と一緒に映画をご覧になったそうだ。
今日が妻の誕生日であることを忘れていた夫が、「そうだったね、で、今年は何が欲しい?」と聞くと、「これに印鑑が欲しいの」と唐突に離婚届を出され、夫が焦る場面が映画にある。
日常茶飯を自分でやったことがない男性が熟年離婚したあと、どうやって生きるのかを想像するとその男性も背筋がヒヤリとしたそうだ。「明日は我が身」と思うのか、劇場内で笑っていたのは女性ばかりだったとか
奥さんの離婚届を脅えているような頼りない夫だから、本当に離婚届を突き付けられるのだ。俺にそんなもの出せるなら出して見ろ、と雄々しくありたいものだ。孔子も「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」(あしたにみちをきかば、ゆうべにしすともかなり)と言っているではないか。人生はやり直しがきかないが、人間はだんだん賢くなる。だから70才になったとき、「あ、自分は今まで間違っていた」と思えば、素直に今までのやり方をほうり投げて、71才から新たにやり直せばよい。「変われないんだ、この人は」と思われるから愛想をつかされる。「変われないんだ今さら」と思っているから、男としての精彩を失っていく。
「雄々しくあれ!」といえば、私のあこがれの爺さんがいる。トーマス・パーというイギリス人である。有名なウイスキー『オールドパー』のモデルになった人物だ。パー爺さんは雄々しいというより、とにかく元気だった。日本の戦国時代から江戸時代初期にかけて生きた人である。
爺さんは80歳でジェーン・テーラーという美人と結婚した。一男一女をもうけるも、いずれも幼くして死んだ。105歳のとき、キャサリン・ミルトンという絶世の美女と不倫し、子どもまでつくった。この出来事は村中で大騒ぎになり、教会から罰を受けている。112歳のとき妻を亡くし、122歳で再婚。(年の差は不明。仮にお相手が62歳としても年の差は60。年の差80や100も可能だったはず)
130歳を過ぎ、140歳になってもパー爺さんは、昼間の太陽を一杯浴びて野良仕事をし、夜は妻と酒を愛する。ワインを飲むときはいつも四角い器を好んで使っていたことから、オールドパーのボトルも四角くなった。
爺さんのタフガイぶりはイギリス中でも有名になり、ついに152歳になる年に、国王に謁見を許されロンドンに行くことになる。そのとき爺さんは国王にこう尋ねられている。
「そなたは今までの人生で何か特筆すべきことを成したか?」パー爺さんはこう答えた。
「はい、女性問題で教会から罰を受けたもっとも年老いた人間が私です」と。
このときのロンドンへの往復3週間の旅では、どこへ行っても爺さんは大人気。爺さんを一目見ようと多くの群衆が集まり、一部の行程を変えねばならないほどの人気ぶりだった。ようやくの思いでロンドンに着いたものの、爺さんの生活は激変する。名士にふさわしい身なりと頭髪を毎日整え、カツラさえ用意されたという。食事もどんどん豪華になり、それが爺さんの健康にさわった。
ロンドンでの取材で爺さんはこんなことを言っている。
「俺の長生きの秘訣?それはだね、菜食主義と道徳的中庸のおかげさ」
その年、爺さんは152で世を去った。
周囲は「あのロンドン旅行がなければもっと長生きできたのに」と悔やんだ。
目ざせ!タフ爺。
パー爺さんにあやかりたい人は「オールド・パー」でも味わってみよう。
パー爺さんにはかなわないが、日本にもすごい爺さんがいる。だが、紙面の都合でその話題は来週にしたい。
<つづく>