「パッション通商のケン」こと沢藤健太社長(50、仮名)は一年の3分の1、海外に出張する。変化の激しいファッションビジネスで生き抜くためには日本国内だけでなく広く欧米、アジア、南米、中近東、それにアフリカの市場もウォッチしつづける必要があるからだ。
海外のキーマンが日本にやってくることもある。そんな時はケンの腕のみせどころ。ふだんから伊達に美食家をきどっているわけではない。「食べログ」の世話にならなくとも、都内のうまい店は大方知っている。相手の好みや国籍、宗教などに応じて瞬時にベストのエスコートができるケンだが、最初のうちはよく失敗した。あまり思い出したくもなかっただろうが、ケンの口からこんな失敗談を聞き出すことに成功した。
「寿司が好き」というミラノのバイヤーをミシュランの寿司屋へご案内した。カウンターに腰かけたまでは大喜びされたが、いざ注文をする段階になって問題がおきた。バイヤー氏の好物であるサーモンとカリフォルニアロールがないのだ。お通しで出されたふぐの白子にあん肝はノーサンキュウだという。結局、まぐろの赤身と白身魚だけつまんで、早々に店を出た。それ以来、ケンは寿司好きの外国人は銀座か六本木の回転寿司と決めている。そこには総菜も肉もサラダもあるからだ。
「日本のホットスプリング(温泉)に行ってみたい」というカナダ人のバイヤーが来たときには、草津の高級旅館に案内したケン。だが、その宿で出された和食の大半が彼にとっては NG だった。幸い追加メニューでサーロインステーキがあったので助かった。そのあと眠るときになっても問題がおきた。ケンとは別室だがふすまを隔てただけでは落ち着かないし安心して眠れない。個室を用意してほしいという。その一件以来、ケンは外国人を温泉に連れていくときにはベッドルームのある旅館をさがすか、ホテルにしている。
日本食が大好きだというアメリカ人を割烹に案内したときにも失敗した。一品あたりのボリュームが大きくて、好みでないものが出てきたときには全部ケンが食べねばならない。それ以降は小皿料理がたくさんある店をいくつかブックマークし、いろんなタイプの和食を試していただくようにしているという。
「要約するとどうなりますか?」という私の問いにケンはこう結んでくれた。
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あまり完ぺきなエスコートプランを練ろうと思わないことです。相手の体調や気分やスケジュールもあるでしょうからね。候補のお店はひごろから頭に入れておいたほうが良いでしょうが、店を予約しておくのはよほどのこと。日本で相手の人と会ってから、「何を食べたい?どこへ行こうか?」と相談するぐらいでちょうどよいですよ。先週なんか、日本に来たイギリス人が笑いながら「今夜はMac(マクドナルド)の気分だな」という。冗談だと思いましたが、結局ふたりで Mac へ入った。そのあとホテルで仕事をしたかったのでしょう。
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我々もエスコートする機会は多いが、ケンの教訓はなにも外国人にかぎったことではないかもしれない。