「オレを嫌いつづけた親父が許せない」といきまく息子。息子は今年50になった。親父は昨年79で世を去っている。通夜に駆けつけた父親の会社の税理士(79)が息子の横に座り、こう言った。
「君のお父さんは君との関係を悪くした自分を悔いていた。たまにビールを飲むと君の話題をよくしていた。ただ、最後まで君と話し合う勇気は持てなかったみたいだね。自分の気持ちをあの世まで持っていくことになってしまった。お父さんと君に何があったか知らないが、あまり恨まないでやってほしい。それが僕からの最後のお願いだ」そう言いながら頭を下げる税理士。
「最後?」
「ああ、うちの事務所も来年中に廃業することが決まっている。跡取りもいないし、僕も引退だ。お父さんの会社の残務整理はきちんとやるから、心配しないでくれたまえ」
その息子(仮に「A 社長」と呼ぶ) は父の会社(自動車修理工場)の同業他社を10年前から経営している。私が A 社長とお会いしたとき、皮肉なことに「社員の気持ちが分からない」とこぼしておられた。
A社の業績は低迷中で、ことし、県内にあった二つの工場を閉鎖し、本社工場だけにした。18名いた社員は半減したことになる。業績不振によるリストラで社員の気持ちが萎えているはずだ。だが、表面的には皆、元気そうな顔で仕事をしている。
「武沢さん、話し合いの場を作ってみんなの考えを聞こうとしているのですが、皆、あまり多くを語らない。どうすればいいのでしょう」と A 社長。私は「話しづらいのでしょうね、きっと。一度、社員アンケートか社員意向調査をやってみたらいかがですか。話せないことでも書くことならできるかもしれない」と提案した。
だが「それは恐い」と A 社長。どんな意見が返ってくるか分からなくて恐いのだという。いったい何が恐いのか私には理解しがたい。話を聞くのは平気だが、意見を書かせるのは恐いというのは妙な道理である。
社員のホンネを知るのが恐いという経営者の心理ってどういうものだろう。私なりに推測してみた。
1.社員が「給料を上げろ」と言ってきたらどうしよう。
2.社員が「休みを増やせ」と言ってきたらどうしよう。
3.社員が「仕事が面白くない」「会社が楽しくないと言ってきたらどうしよう」
4.社員が「もう辞めたいです」と言ってきたらどうしよう。
5.社員が社長の個人批判をしてきたらどうしよう。
きっとそういうことなのだろう。
隠されていた不都合な問題が表面化するのが恐いという心理である。だが、そんなもの、考えうる最悪のことをいったん受け入れれば済むはずだ。社員全員が会社を辞め、翌月の売上げがゼロになることである。たったそれだけのことではないか。そこからまたやり直せば良い。
知識に関しては「聞くは一時の恥」というが、人間関係は「聞くは一時の勇気」なのである。社員に対しても親や子、伴侶に対しても聞くべきときには勇気を出して聞こう。「これから先、どうしたい?」「どうなればうれしい」と。その答えがいまは不都合なものであったとしても、それを直視することができたら恐怖感は消え去り、問題と課題だけが残る。「そういうことか、だったら解決しようじゃないか」という前向きな気持ちが湧いてくるはずだ。
身近な人(家族や社員)ほど互いに考えを確認しあおう。