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容赦なく異動する

●どうしたんだ、今ごろ?

近所でガス管工事と道路の補修工事が始まり、ずっと騒々しい。コンクリートカッターの音、ドリル音と振動、溶接音、ショベルカーの轟音、工事員の大声、ありとあらゆる音が入り混じって頭が変になりそうだ。いち早くここを逃げ出したいが、あいにく今日は終日オフィスにこもらなければならない。
窓を閉めきってもダメなので、今日だけはボーズのノイズキャンセルヘッドフォンをiPhoneに差し込んでジャズを聴きながら仕事をしよう。
この原稿もそんな状態で書いている。

●ある部長について書きたい。
先日、ある建設会社の幹部会議に招かれた。毎月一度開かれるこの会議には、社長、専務、営業部長、工事部長、管理部長の五人が出席するそうだ。

依頼の理由は、「会議の感想を聞かせてほしい」ということだったが、あとになって社長は、真の理由を聞かせてくれた。

●工事部長(46才)の処遇に困っていたのだ。6年前に部長に就任し、当初は元気に社内をリードしてくれていたが、今年糖尿病が発覚し、酒もタバコもやめた。だが、健康不安だけが理由とは思えないほど元気がない。会議で、自分から意見を述べることは一度もない。
当てられたときだけ口を開くのだが、その時はかなりまともな意見を言う。彼の関心は自分の責任を最小限ながらも果たすことだけで、工事部以外の出来事にはまったく無関心にみえる。

●彼には直属の部下がいない。アシスタントの女性が一人いるだけで、あとは全て協力企業に工事を丸投げしている。協力企業との電話や打合せ会議では溌剌と意見を述べているらしいが、社内会議では別人のように無口で、何より目がトロンとして焦点が定まっていない。

●なぜそんな人を工事部長にしたのか聞いてみた。
すると、「つい3年前までは社内でも溌剌としていた」というのだ。
徐々に元気を失い、やがて社内の人間ともあまり目を合わせなくなった。年に一度の社員旅行の時だけは別で、バスの中でお酒が振る舞われると誰よりもよく飲み、陽気に騒いだという。その酒も飲めなくなって、張り合いをなくしているのだろうか。

●「あの工事部長をどうすべきかではなく、成果を上げなくなった幹部の処遇をどうすべきか教えてほしい」というのが社長の相談内容である。

そこで私はドラッカーのこんな言葉をお伝えした。

「成果をあげられない者は容赦なく異動させなければならない。さもなくば、ほかの者を腐らせる。組織全体に対して不公正である。そのような上司の無能によって成果と認知の機会を奪われる部下に対して不公正である。何よりも本人にとって意味なく残酷である。実は、本人が不適格であることを知っている。仕事に不適格な者は、必ずストレスによって追いつめられ、本人自身が脱出をひそかに願っているものである」(『経営者の条件』より)

●あくまでこれは私の仮説だが、あの工事部長は責任感がある人だと思う。人一倍それが強いかもしれない。だからこそ責任を果たしていない自分に気づいている。だから、積極的に発言できない。自分のことで精いっぱいだし、結果も出していない人間が会社全体のことで発言する資格などないと思っているのではないか。
そのストレスを酒で発散していたのだが、それもできなくなり、彼は今の状況を変えたくてしようがない。だが、自分から何かを変える動きが取れず、もがき苦しんでいる。それがあの焦点が合わない目線の正体だ。このままだと彼は、単なる無気力人間になりかねない。

●「武沢先生、彼を辞めさせろということでしょうか?」

「いや、中小企業がそんなことで社員を辞めさせていたら社員は何人いても足りないし、社長が存在する意味がない。彼を工事部長にしたあなたの人事のミスなので、それが分かった時点で速やかに元のポストに戻すか、それ相応の別のポストにつけてあげましょう。彼の持ち味が存分に発揮できるようにしてあげることです」

「降格も含めた配置換えということでしょうか?」

「そういうことです」

●社長の見送りで玄関まできたとき、入り口脇に社内報が綴じられたバインダーが置いてあった。興味があったのでその場でパラパラと立ち見していたら、数年前のある月の社内報が目にとまった。
その号のトップ見出しは工事部長が年間粗利益目標を達成して表彰されたことをしらせるものだった。
アップで写った工事部長の目は今とは別人のように力があり、活き活きしていた。この数年の加齢と健康問題で目元が緩んだというよりは、もっと精神的な理由が潜んでいるように思えた。

まずは本人と直接対話しあい、人事によってそれが解決されるようにサポートするのが中小企業の社長の仕事だと思う。

そうした機敏な人事対応に容赦があってはならない。