●先週、ある会社の忘年会に招かれた。
まずは20名全員が会議室に勢揃いし、今年の総括と来年の決意を色紙に書いて発表する。
・『勤労感謝』・・働くことができることにもっと感謝したい
・『森羅万象』・・あらゆる出来事から学ぶ
・『一期一会』・・思ったその時にやる
などなど、筆文字も鮮やかに一人3分間のスピーチが続く。
●さあ、あと二人。それが済んだらいよいよ忘年会、という時になって耳を疑う決意表明が始まった。
三沢武夫部長(仮名、43才)は営業畑一筋。氏の発表はこんな内容だったのだ。
●『まず自分あり。全ては自分の為に!』
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今まで私はお客様を大切に、仕事仲間を大切に、家族を大切に、友人を大切に、いつもいつも自分以外の誰かを大切にするために生きてきました。子供のころは親のため、先生のため、学校のためにがんばってきました。
だが男の厄もあけて、そろそろ人間・三沢武夫、思いっきり自分を大切にした生き方を始めてみたいと思います。あらゆることに牙をむきます。だからあえて来年のテーマは、「全ては自分の為に!」としました。
プライベートでもタイガー並みに愛人を作って世間をアッと言わせたいし、やりたいことは遠慮なくやる。
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私は日ごろの誠実な三沢部長を存じ上げているので、彼の大胆な発表はむしろ新しい何かが始まりそうで好意的に聞くことができた。
●「主客転倒」(しゅきゃく てんとう)という言葉がある。
文字通り、「主」と「客」が転倒することで、事の大小や軽重が逆転してしまうことを言う。
今までこの文字を幾度となく見てきた私だが、この字を見て一つの疑念が浮かぶ。
「主と客、はたしてエライのはどっちか?」という素朴な疑念である。
●今までは無条件に「客」の方がエライと思い込んできた。何しろ、客があっての「主」なのだからお客様第一、相手優先であるべきだと。
自己が「主」であり、他が「客」である。そのどちらが大切か、というよりは「主」があっての「客」であり、「客」があっての「主」なのだからどちらも同じくらい大切なのだ。
「主」がない「客」はあり得ないし、「客」がない「主」も成立しないからである。
●夏目漱石は、ロンドンに駐在した二年間が「我が人生でもっとも不愉快」と回想している。
そんな漱石もロンドンで「自己本位」の考え方を悟って神経衰弱から解放されている。
●「随所で主人公たれ」。
あなたがあなたの主人公。たえず自分以外の主人がどこかにいて、その人に使われているような幻想を抱きながら生活していては心が愉しまないではないか。
●三沢部長の「すべては自分の為に!」というのは少々極端な気もするが、それぐらい自らに言いきかせた方がよい人もいるだろう。