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断ります!

●還暦を越したTさん(大阪)は、生涯一セールスマンのような方。
40才近くまで上場企業のサラリーマンとして営業職をやり、その後は、ある代理店ビジネスのプレイングマネジャーとして25年間、自己啓発分野一筋で生き抜いてこられた。

●そんなTさんと先日、5年ぶりに再会しランチをご一緒した。以前と変わらずとてもお元気だったが、私を驚かせたのは、氏の話下手さが全然変わっていないところ。
いや、ひょっとしたら話しがますますお下手になられたような気がした。

●「Tさん、最近営業の方はいかがですか?」と聞いても次のような感じでまったく要領を得ない。

「え~、成績ですか?そうですね~。ま、ボチボチといいますか、こんなご時世ですし、欲ばってもあれかなと。ま、そういう点では、ま、悪くないとは思うんですけども~、お~、でもですね、理想というか、夢というのかな、そういうものを忘れずにやろうとはしてるんで、まだ立ち止まってるわけにはいかんかなとは思うんで、・・・」

結局、何が言いたいのか分からない。

●「手練手管で口説きおとす人ではない」という安心感が相手に伝わるのだろう。Tさんのプレゼンテーションを聞いた人は、予算さえあれば、ほとんどが買うことになる。

●冒頭の一倉定さんの言葉にあるように、セールスマンの適格者は鈍重な人である。しかも、単なる鈍重ではなく、陰ひなたなく根気強く努力ができる人が最適で、Tさんにはそれが備わっている。

●その点、残念ながら先日の営業マンはひどかった。

まだ新入社員だというから将来が充分あるが、若いウチからあんな営業をやっていては大した営業マンになれないだろう。Tさんを見習えと言いたい。

●こんなことがあった。

「アルバイト求人を検討している」と連絡したら、今年社会人になったばかりだという男性営業マンがやってきた。
ハキハキして気持ちいい。なかなかの第一印象だったが、名刺交換を終えて着座するなり彼はこう言いだした。

「社長さん、今回のように求人意欲をもたれるのは大変結構なことですが、もっと大切なことは人が辞めない会社にすることです。それも、ただ辞めないだけでなくイキイキと目を輝かせて働いてもらうことが大事ですよね。その点、いかがでしょうか?」

●”上から目線で何言ってるんだろう” と思いながらも相手は新人だ。
こちらは平静をよそおって「ま、その通りですね」と返事した。

するとその新人はたたみかけるように、

「じゃあ社長さんの会社ではすでにそうしたスバラシイ職場環境が出来ていらっしゃる、というわけですね?」と妙な目線でこちらを見る。ケンカを売ってるのだろうか?

●私はぶ然としながら、「ま、自分ではそのつもりですけど。そんなことより、時間があまりないので要件に入ってもらえますか」と先を促した。

「社長さん、もうすでに要件に入っているんですよ」と彼。

「ん?」

「当社が開発した “3分間で結果がでる簡易職場診断” をまずやっていただき、その結果をふまえて今後の求人戦略を考えたいと思いますが、いかがですか。もちろん診断料は無料です」

●おいおい、目の前にいる社長をいきなり素通りして職場診断をしたいとはどういうことか。第一、そんなことに困ってなんかいない。

私は不快な顔をしながら、「それは今日お願いしなくてもいいから、まず求人媒体と費用が分かる資料を見せて下さい」と言った。

●だが彼は上司からきびしく訓練されているようで、私の意向をまったく気にせず、「ええ、資料はのちほどちゃんとお見せしますので、そちらにいらっしゃる女性スタッフの方に今からアンケートを取らせていただいて構いませんか?」とカバンからアンケート用紙を取り出そうとしている。

●息子のような年令の彼に向かい、大のオトナが声を強めなければならないのか。

「断ります!」と私。ちょっと大きめの声になってしまった。

ようやく真顔になってくれた彼。

「・・・」
「・・・」

ぎこちない空気が流れた。この人とは組みたくないと思い、私はこう告げた。

「申しわけないが僕は今から出かけるので、これで失礼する。資料があれば置いていって下さい。お願いすることがあればこちらから連絡するので」と席を立った。

●彼が去った後、「楽しい感じの人でしたのに」とスタッフは言う。

たしかにイケメンだし、若い人ウケする雰囲気の男性かもしれない。
だが、コンパをやってるわけではないので、彼の饒舌さと自己中心的な営業展開は、お客の気持ちを逆なでしているだけだ。
もしそれが正しい営業法だと思っていたら大間違いで、大阪のTさんのように口下手な営業マンを目指した方がいい。

●口下手だと何がいいか。
それは、自分からあまり話したくないから、ついつい質問が多くなる。

それが好結果にむすびつくのだ。