●私は若いスタッフを自分の手足のように使ってしまい、結果として何も教えてあげることができないまま、一人の男性が転職していくことになった。
先日、新卒第一期生のO君から辞意の申し出があり、4月末日付で退社した。今後、5月末日まではアルバイトとして半日勤務し、引き継ぎをしてくれるという。
まったく別の分野で会社を興す予定だというが、詳しい内容は聞いていない。
●彼を手放すことの悔しさや悲しさのようなものはないが、無念に近いものはある。この一年、私はどれだけ彼を鍛えられたか、という自責の念のような気持ちがあるのだ。
この一年彼と仕事をし、目標を共有し、喜怒哀楽をともにしてきたが、彼に何かを残せたのか、はなはだ心もとない。
●そんな思いをもっていた矢先でのこの二人の社長の対話、私には我がことのように興味深いものだった。
では、前号(4月30日)の続き。
A:ロイヤリティ(愛社精神)の高い社員が多くいる会社では、ロイヤリティを高める工夫をしているし、まず何よりも採用の段階からロイヤリティの高い人を採るようにしているものだよ。
B:どうやって?
A:ロイヤリティのある社員は過去にもロイヤリティを大切にして生きてきているということだよ。部活しかり、バイトしかり、就職しかり。
それに、入社時に志望動機をとことん聞くのも有効だと思う。もし、うちの会社を何かのステップとしか考えていないようなら、そんな社員はうちには要らないな。
「必ず将来やめる」とわかっている社員を本気で鍛えられますか?
B:そりゃそうだ。
A:だから、会社を辞めるという選択肢はどこにもないような社員ばかりがうちで働いているわけさ。
B:創業時からそうなの?
A:いや、初期のころは中途入社の社員ばかりだった。でもこの数年で新卒主義に変えてきたのさ。だって、真剣になって良い会社を作ろうと決心したのだもの。社長と社員との信頼関係がなによりも太いものでないと、本気になって社員と関われないじゃないの。
B:なるほどねえ。うちの会社なんか何げない会話のなかで「社長、おれ会社辞めますよ」とスタッフが冗談で言うんだよ。その時は互いに笑ってごまかすけど、あとで考えただけでゾッとするよ、なにしろ彼はうちのエースなんだから。
A:うちの会社では絶対にあり得ない冗談だ。
B:じゃ、もうひとつ聞くけど採用ミスっていうのはないの?期待したほどの働きはしてくれない学生っているのじゃない?
A:採用ミスというか、期待していたイメージとは異なる人を採ることはある。学力検査や性格検査を強化していても人間が人間を見抜くことには限界があると思う。
B:もしイメージ違いの社員を入れてしまった時にはどうするの?
A:とことん鍛える。それは僕の責任なのだから。仕事の手を休ませてでも教育する。忙しさにかまけて教育不足を我慢するようなことはできない。社長の僕とサシで彼(彼女)を教育して、社内の誰からも愛され、頼りにされる人材に仕立てていく。
B:社長自身が新人をマンツーマン教育するわけ?
A:そう。とことんやる。鍛えるためにはあえて雑用でもどんどん与える。
B:だって、ITの会社で技術の仕事をするために入社した社員に雑用をさせていやがらない?それにプライドもあるだろうし。
A:前にも言ったけど、特定の仕事をしたくてうちの会社に入ってくる社員はひとりもいない。たとえば、技術をやりたいとか営業をやりたいとかは言わせない。うちの会社で、うちの仲間と一緒に仕事をして結果を出したいという人しか採っていないので、何でもやってもらうのは当たり前。
もちろんその人にふさわしい適性を見抜いてあげるのはこちらの責任であるが教育目的の場合は別問題。
B:新人のプライドを傷つけるようなことにはならないの?
A:プライドを傷つけるどころか、ずたずたにしている。むしろ、20代前半の若者がもっているプライドなんて、実社会では何の役にも立たないものが多い。そんなプライドは邪魔なので、完全にずたずたにして、謙虚でまっさらな状態にしてあげることのほうが大切だと思う。
そうして厳しくして1~2年もすると、立派な中核社員になってくれる。そんな頼もしい彼らが管理職やチームリーダーになってくれると、僕の分身が何人もできることになるから、僕は僕の仕事に専念できるようになる。結果的に今、業績も絶好調だし自分がめざした理想の会社になりつつあると思っている。
B:なるほどね、君は君の世界を立派に作りつつあることがわかった。
あとはオレ流をどうするか、それを決めるのがオレの仕事だということか。
A:今回は僕がしゃべり過ぎたようだ。今度は君のスタイルを聞かせてくれよ。
B:OK。六ヶ月後にまた会おう。
・・・
●A社長はあきらかに新卒主義、純血主義のクレド経営を標榜し、それが軌道に乗ってきて自信満々というところ。
B社長はまだ迷っている。
早いうちにオレ流組織運営を確立し、それに適った人を採り、適切な指導をしていこう。その結果、もし部下と袂を分かつことがあっても今度は後悔しないはずである。