●子供も中学生ぐらいになると、滅多に親と一緒に映画へ行かなくなる。そもそも親子が一緒に観る映画といえばアンパンマンやポケモン、ドラエモン、しんちゃん、コナンと相場が決まっている。
だが子供が中学生にもなると、さすがにそうしたアニメを卒業する。
●だが今年高校生三年になる次男が、今でも私につきあってくれる映画がわずかに残っている。
ひとつは『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ、もう一本が『スパイダーマン』シリーズだ。
●「なぜスパイダーマンはいいの?」と聞くのだが、「何となく」としか答えてくれない。
ウルトラマンもスーパーマンもバットマンも卒業したのに、スパイダーマンだけはまだつきあってくれる。
●「なぜスパイダーマンなの?」の疑問が最近になって、ようやく合点がいった。それは、物語の根底にある精神の問題だ。
スパイダーマンに見られる日本的な決着のつけ方が日本人である息子の胸を打つのだと思う。
●ハリウッド映画にありがちな勧善懲悪もののヒーローは、たしかにカッコ良くて見終わったらスカッとする。だが主人公に共感するところまではいかない。
その点、スパイダーマンはめずらしく勧善懲悪型ではない。かの映画に登場する悪役たちも、かつては友人であったり、言われなき罪人だったり、実験好きの教授だったりする。
彼らは何かの事情で悪役に回ってしまったが、根は心優しい人たちだ。
だから、悪行を懲らしめはするが、最後には元のその人に戻ってほしいと願って戦う。それが日本的でありスパイダーマン的な物語なのだ。
●キリスト教をベースにしている欧米社会は勧善懲悪型。
つまり、良いことをすすめ、悪いことをはっきり排除する社会である。
彼らにとって、悪いと断定されたことはとことん排除されねばならない。
その点日本は、農耕民族の村社会を反映した「あいまい解決型」であり、「清濁あわせ呑む型」だろう。
●ところでイスラム教はどうなのだろうと思って調べてみたら、イスラムの2大聖地「メッカ」と「マディーナ」をもつサウジアラビアも徹底した勧善懲悪らしい。
なにしろ同国には「勧善懲悪省」という宗教警察組織まであった。
●フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にこうある。
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「勧善懲悪省」(かんぜんちょうあくしょう)とは、サウジアラビアにおける宗教警察の呼称の日本語訳。正確には「徳の奨励と悪徳の禁止の省」。国内の思想統制に大きな力を発揮した。
サウジアラビアに援助を受けたアフガニスタンでもタリバン政権時に存在した。2001年、アメリカのアフガニスタン侵攻によりタリバン政権が崩壊。同省も消滅した。
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勧善懲悪を司る省庁まであったというのだから徹底している。
●日本が「勧善懲悪型」でないのは仏教のせいかと思っていたら、そうでもないようだ。仏教にも悪をこらしめる仏像がたくさんあるからだ。
たとえば、悪魔をこらしめる不動明王(大日如来の化身)や愛染明王(あいぜんみょうおう)や、悪からの守護神・金剛力士像(仁王像)などが有名だ。
つまり仏教の中にも「勧善懲悪」があるのだが、西洋や中東のそれと違うのは、誰のなかにも仏と悪魔がひそんでいると考えている点。
●たとえば仏教では、一般大衆が仏法を信じない原因の一つは、「煩悩・愛欲により浮世のかりそめの楽に心惹かれている」ことだと考える。
そこで仏教は「煩悩と愛欲が敵だ」と考えるのではなく、「煩悩と愛欲は人間の本能でありこれを断ずることは出来ない。むしろ、この本能そのものを向上心に変換して仏道を歩ませる必要がある」と考え、愛染明王が存在している。
●根底にある人間信頼の精神が日本的なところであり、スパイダーマン的なものだろう。そういえば最近のバットマン「ダークナイト」でも、そんなヒーロー像が描かれていた。
●世の中には善人と悪人がいるのではなく、誰のなかにも善と悪が潜んでいる。自分の中にいる悪に対しては勧善懲悪でのぞみ、他人の悪に対しては善を信じて戦うのが日本的。
●さて映画の方だが、「ALWAYS三丁目の夕日」は二作で終了してしまったが、「スパイダーマン」の続編「スパイダーマン4」は2011年5月に全米公開だという。
楽しみなのだが、果たしてそのとき次男は映画につき合ってくれるか、それが気になる。