●この連休を利用して、名古屋で社長合宿研修を行った。開講早々、10名の参加者は、それぞれの参加目的を明確にした。
環境保全事業のA社長は、新しい収益の柱を作るための戦略を練りにきた。
食品スーパーのB社長は、130名の社員全員に経営参加してもらうための方策を求めてやってきた。
データ入力専門会社のC女性社長は、客先を大幅に増やすための顧客創造計画を練りあげるために参加した。
●そんな中、従業員13名の製造業を経営するD社長(43才、男性)は一風変わった目的を掲げた。
それは、「どのようにして社員に経理内容を公開するか」というものだ。
●個人面談でのやりとり。
D:武沢さん、そもそも社員に経理内容を公開したほうが良いのはなぜですか?
武:公開した方が良いって誰が言ったの?私はそんなことは一言も言っていない
D:あれぇ、皆さんそうやって言いませんか?社員にはどんどん経営情報を公開すべきだって
武:皆さんってどこの誰のことですか?私はそんなこと一言も言ってない。それよりも問題は、武沢が言った、みんなが言ったということじゃなくて、D社長はどう思うかの方が大切でしょう。実際のところどうなんですか?
D:実際は経理公開で迷っているんです。先日、尊敬している経営者の講演を聞きに行ったところ、決算書も試算表も全部社員に公開して、その見方まで教えているという。しかもその講演を聴きにきていた社長の過半数が試算表を社員に見せていると言っていた。それ以来、頭のなかはそのことばかり
●社員に経営参加してほしいと願うなら経理公開すべきだし、願っていないのなら公開の必要はない。
二者択一でスパッと決めれば良いのに、このD社長はその場でウンウン唸って腕組みし、首をかしげている。
●「どうしますか?」と私が再度確認すると、「よく分からないので今夜のビール・バズ(缶ビールを飲みながらの経営討論会)で他の社長さんたちがどうしているか聞いてみます」
●夜がやってきた。ビール・バズが始まり、D社長は他の経営者たちに質問をぶつけた。
すると、驚いたことにD社以外のすべての会社で経理を公開していると回答した。
そればかりか「なんで経理を公開するのがまずいわけ?」と突っ込まれてしまった。
●D社長は口ごもったが、やがてこう切り返した。
「過去数年、うちは赤字経営してきた。社員には昇給もボーナスも我慢してもらった。それが去年になってようやく黒字転換し、数百万円の利益が出た。そんな数字を社員に見せたら、もっと給料くれ、ボーナスくれ、と言うに決まっている。仮に言わないまでも腹の中ではそう思われる。だけど、うちはまだまだ資金力もないし、自己資本も乏しい。赤字決算の時だったら経理公開しても良かったけど、黒字が出た今になって公開するのはタイミングが悪すぎると思う」
●そんなD社長に質問が相次いだ。
・あなたの会社の労働分配率は何パーセントあるの?
・自己資本比率は何パーセント?
・社員の生産性はどの程度あるの?
・社員とは将来どのような関係になりたいの?
・5年後、10年後のビジョンを聞かせて?
立ち往生するD社長。どの質問にも満足に回答できなかった。
●「Dさん、あなた自身が数字を勉強していないから、社員に数字の説明をするのが怖いのでしょう。そんなことで本物の経営者って言えますか?」とまで他の経営者に言われた。
●この合宿に参加する経営者仲間は、同病相憐れむだと思っていたが、他の経営者のほうが自分よりはるかに勉強し、実践していることを感じたD社長は恥ずかしくなった。
●二日目に入って数字問題と格闘したD社長。
持参した決算書で計算してみたところ、今期の労働分配率は70%近くもあることが判明した。こんな状態で今期、利益が出たことが奇跡的というものだ。
大口の受注が一件あったことと、経費を削減しまくった結果、瞬間風速的に出た利益だった。
●5カ年計画で社員の給与水準を年率5%ずつアップさせながら、同時に労働分配率を5年後に55%にする計画を作った。それを実現するのは容易ではないが、合宿に来る前はすべてが霧の中だったことを思うと、D社長はマークすべき数字を知って気分が明るい。
●「会社に戻ったら、さっそく月次決算発表会をやります。自分一人ではまだ危ういので、税理士さんに横にいてもらって会社の現状とあるべき姿を自分の言葉でしゃべってみます。それにしてもこの合宿に来てよかったです」と家路についたD社長のこぼれるように白い歯が印象的だ。