「武沢さん、いろいろ勉強して手を打ってきているつもりなのですが、会社が良くなっている実感がもてません。いつまでたっても余裕が生まれないのはなぜだと思われますか」と井ノ上鈴子社長(仮名、40才)。
「余裕がないのですか?」と私。
「はい、余裕がありません」
「何の余裕ですか?」
「う~ん、お金と時間です」
「あえて一つに絞れば、どっちですか?」
「う~ん、お金です」
「お金が増えていないということですね?」
「はい、どこかの詩人じゃないけれど、”働けど、働けど、我が暮らし・・・” って感じです」
「なるほど、お金の余裕を作りたいのですね」
「はい」
「お金の余裕をもちたい」という彼女の欲求は経営者として至極健全である。
しかし、その後の会話でわかったことは「余裕をもつ」ための具体的な目標設定が何もなされていないことが分かった。いや、まずそれ以前の問題として、自社の実態を数字で把握していないことがわかった。
そこで私は彼女のノートを借りて書式を描いて差し上げた。
表計算の横軸には、「2005年1月」から「2007年12月」までの36ヶ月分の年月を書いた。
次いで、縦軸に
1.売上高
2.粗利益高
3.経費合計
4.営業利益
5.月末現預金残高
6.社員数
7.生産性(2÷6)
8.役員報酬
この表を井ノ上社長にお見せしながら私は提案した。
「この表を一両日で完成させて、そこから気づいたことを私にメールしてください。差し支えなければ完成した表もメールに添付していただけませんか」
彼女は快諾してくれた。
翌日、井ノ上社長からメールが届いた。36ヶ月の月次損益の数字を一晩で入力し終えたようで、少々興奮気味にこう書かれていた。
・・・
オフィスで作業し始めたところ、途中でやめられなくなるほど熱中して完成させました。それにつけても我ながら、放漫経営ぶりに驚いています。何が放漫って、自社の損益が「負け越し」なのですから。
それでも、通算利益は出ていましたし、資金も増えていることに再びびっくりです。
では、気づいたことを箇条書きにします。
・36ヶ月のうち16勝20敗で赤字の方が多い(勝率 .444)
・それでも三カ年通算の「営業利益」では約1,000万円の黒字
・現預金残高は、三年前と比べて500万円近く増加している
・普通預金残高はいつも数百万円程度のギリギリで推移しているが、
定期性預金は着実に増加している
・社員数が倍増しているが、生産性は2割減っている。一人あたりの効率が落ちているという証。
・経費は使い放題つかってきている。一度も経費削減を意識したことがないが、これからは問題あり
・月次で黒字を出すことに一度もこだわったことがない
・幸い、売り掛けや在庫で資金が眠るビジネスではないので、利益増加が資金増加にほぼ直結する構造になっているのが分かり、安心した
以上です。
こんなシンプルな表でも、自分で作ってみるとたくさんの事を気づかされますね。ありがとうございました。
・・・
井ノ上社長は、お金の余裕がないと語っていたが、実はこの三年間で資金は増加していた。500万円増加という金額に不満があれば、目標設定すればよい。
経営者が感じる「余裕」というのは、物理的なお金や時間から生まれるよりは、精神的なものであることが少なくない。
精神的な余裕は、結果とその原因を数字で把握していることと、目標も数字で設定していることから生まれると私は思う。
余裕がほしいとお考えのあなたに作っていただきたい表だ。