未分類

間違ったアンケート

ある日、早稲田大学のOBに連れられて同大学の経済学の授業風景を見学した。
階段教室の一番後ろ、つまり一番高い位置のドアからそっと入室し、授業風景を見させてもらったのだが、なんと半分近くの生徒が寝ていた。

起きている生徒でも、半分は携帯をいじったり、文庫本を読んでいたり。先生はパワーポイントで作った資料を大型スクリーンで見せながら、生徒の態度にはまるで興味がないように、淡々と解説を進めていく。

もちろん一部の学生は前方の席で熱心に聴講しているのだが、それは全体の一割程度か。
10分ほどで教室を抜け出し、立派な学生食堂でコーヒーを飲みながら、「これじゃ何のためにこんないい大学に入ったのか分かりませんね」と私。

案内役のOBは恐縮しながらも、同時に憤りも感じていたようで、「いや、あんなお粗末な先生は珍しい。私だって眠くなるし生徒がかわいそうだ」と憤慨しておられた。

もちろん早稲田大学には、行列のできる人気授業や人気教授、講師がたくさんいる。だからこそ早稲田なのだ。
私が見たのは “たまたま” の光景だとは思うが、それにしても・・。

予備校や進学塾などの民間学校では、生徒が先生の授業を評価するのが当たり前だ。
学生のアンケートで何点をはじき出せるかが先生の給与や待遇に直結する。アンケート結果はサイトでも公開されるので、命がかかってもいるわけだ。
徐々に大学でもそうなりつつあるようだが、まだ多くの大学ではストレートに待遇に反映されるほどのアンケートにはなっていないようだ。

圧倒的な力を持ち続けてきた教授会だが、アンケートなどのデータを元に事務方にもパワーが移行する。そのことが、教育の品質向上につながるのであれば、歓迎すべきことだろう。

ただ、私はアンケートを取ることによって学生の側に甘えを生じさせることを危惧する。

自分たちは先生を評価する「客」なんだという意識をあまりに持たせすぎると、社会人になってからも「客」意識が払拭できないのだ。
彼らは、どんな先生からも、真剣に学ぶ義務があるとも言えるのだ。
実際、こんな経験をしたことがある。

ある年の春、関西のある会社の依頼で新入社員向けに講演を頼まれた。あまり気乗りしなかったが、依頼者が熱心なのでお受けした。

講演は気持ちよく終わり、応接室でお茶を飲みながら世間話をしていると、事務局の一人が腰をかがめながら入室してきた。
そして、「武沢先生、結果が出ました」と言う。
私が「え、結果?なんの結果ですか?」と聞くと、アンケートをとったらしい。
感想文や決意表明が書いてあるのかと思い、「どれどれ」と受け取ると、そうしたアンケートではない。次のような質問と選択回答が並んでいるのだ。

・・・

1.あなたは今日の講演をどう思いましたか

ア.とてもおもしろかった
イ.なかなかおもしろかった
ウ.ふつう
エ.つまらなかった
オ.とてもつまらなかった

2.あなたは来年の新人研修で今日の講師を招くことをどう思いますか?

ア.強く賛成する
イ.賛成する
ウ.どちらとも言えない
エ.反対する
オ.強く反対する

(以下、略)
・・・

聞くと、各単元ごとにアンケートを取っているという。アンケートを取るというアイデアは悪くないが、取り方が間違っている。

新入社員はもはや、お金を出して教育を買うという立場ではないのだ。
入社式の瞬間から、お金をもらう(稼ぐ)立場に変わったわけで、自分が売り手になったのだ。もはや、買い手ではない。180度立場が変わってしまった。
せっかく私は講演でそのような話しをしたのに、講演後のアンケートでそれを台無しにした格好だ。

教える方もプロとして教育の質を高めねばならないが、それは私のように教育を職業にしているものに言える話し。
企業内研修で先輩や上司が新入社員に教えるときには、アンケートすら不要だと思うのだ。

アンケートよりも、
「学んだ点は何か?」「今後、どのようにそれを活かす決意か?」などを整理させる教育的アンケートが必要である。

先生を評価させるようなアンケートは学生で終わりにしたいものだ。