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ある女性セールス

私のセミナーに参加された美しい女性が翌日、Facebook で友達申請をしてこられた。にこやかでシャープな印象の彼女は、セミナー会場の中でもひときわ目立っていた。私があまり好まないネットワークビジネスをしておられる方だったが、特色ある健康飲料を扱っておられ、商品そのものには興味があった。「おもしろいお仕事ですね」と懇親会でお話しした記憶がある。私は彼女からの友だち申請に「承認」ボタンを押した。すると、すぐにメッセージをくれた。

「とても素晴らしいセミナー内容で、年収5倍という今年の目標が実現できるという確信をいただけました。先生のおかげです!」

うれしいお言葉である。

私も御礼の言葉を送ると、またすぐに返事がきた。「ところで来週名古屋までおじゃまする予定があります。武沢先生に私のビジネスの構想を聞いていただきたいのですが、月曜日か火曜日でお時間を頂戴できませんか?午後のお茶をされるような時間を私にご提供願えれば、今年の目標達成はいっそう確実なものになりそうな気がします」とあった。

10分の昼食時間以外は休憩はとらないし、お茶する時間など絶無なのだが、お相手はセミナー受講者。まして美貌の持ち主である。「月曜日の午後ならいつもスタバにいますよ」と、我ながらあり得ない返答をしてしまった。

お会いする前日になって彼女からメッセージが来た。

「明日はよろしくお願いします。実は、今回の名古屋行きに長年の私のビジネスパートナーをお連れしてもよろしいですか?その方はXさんというのですが、先生のことをお話ししたところ、すごく興味をもち、会いたがっていました。同席をご許可願えませんでしょうか?」

私は「歓迎します」と答えた。

その日の午後、スタバで待っていると一人の男性をともなって彼女がやってきた。Xさんは上司にあたるのか、彼女より少し年齢が上のようだ。Xさんはにこやかではあるものの自分からは何も話さず、スタンスがよく分からないので、視線の95%を彼女に集中して会話した。先月のセミナーの話題などを10分ほどしただろか。私から話題を先に促した。

「せっかくお越しいただいて申し訳ないのですが、実は1時間後には別のアポイントが入っています。そろそろ本題に入りましょうか」

Xさんはあいかわらず横でニヤニヤしている。彼女は瞬時に話題をきりかえた。

「実は前回のセミナーで武沢先生に『おもしろそうな仕事ですね』と言っていただいたことがすごくうれしくて、いまの私の励みになっています。つきましては、私どもが扱っている製品についてきっちりお話しさせていただき、製品の導入をご検討いただきたいということと、あわせて先生がおもちの人脈の中からふさわしい方をご紹介いただければと思っています。いかがでしょうか」

私はいっぺんに興ざめし、こう申し上げざるを得なかった。「もし今日、私に何かを買えとか、誰かを紹介せよというお話しでしたらご期待に沿えそうもありません。そういうご要件でしたら最初からそう言って下さればメールの段階でお断りしていたのに。わざわざこんなところまでお出向きいただき、尚かつお連れ様まで伴われる必要もなかったのですよ」

彼女の顔から笑顔が消えた。しかし相当クレバーなのだろう。一切動じることなく、こう切り返した。

「はい、先生のお立場はよく存じ上げているつもりです。特定のビジネスに与(くみ)することはされないのですよね。私はそのことを理解しながらも先生におすがりするしかないと思って決死の覚悟で参りました。何年もの間、成績が伸ばせずにいます。隣にいるXさんの叱咤激励に答えきれずにここまできました。今年こそと決意も新たにしたときに先生と出会いました。セミナーでも懇親会でも感動しまくりました。そのご縁をつなげたい一心でここに来ております。実は先生にお目にかかってどうするというような目的もなく、とにかく名古屋まで来れば、先生にお会いすれば、何とかなる。そう思ってやってきたのが実情です」 彼女はうつむいた。

私も多少は心が揺さぶられた。言い過ぎたかなと反省もした。だが、あえて心を氷のように冷たくしてこう言った。

「それがあなたの甘さです。とにかく会えば何とかなるという雑な準備の仕方だから、結果的に相手から時間だけを奪っているのです。そんなことがあなたの地元でも連日起きているのではありませんか」
「……」
「私ならまず一人で相手に会いに行きますね。上司かパートナーか分かりませんが、他人を頼ろうとはしない。その方が相手の心を打つのではありませんか」

結局、彼女と彼はほうほうの体で帰っていかれた。改めてXさんの名刺を見ると、ものすごく遠い町から来ておられるのがわかった。ほぼ一日がかりのはずだ。わたしもすごく後味が悪かった。そして、「下手くそ~」と心で叫んでいた。なぜなら、私は健康の理由から彼女が売っている栄養ドリンクを口説いて欲しかった。しかし彼女は私の健康に関する話題の入り口にすら立たなかった。入念にプレゼンの準備をしてこられれば、このようにして商品が売れたし、協力もしてもらえたはずなのに…。そんなことを考えながらオフィスに戻った。

私ならどうやって売るか。  <明日につづく>