上司に可愛がられる人がどの会社にもいる。役職に関係なく、そういう人は「君はどう思う?」と上司から真っ先に声をかけられることが多い。上司が意見を求める心理は時によって違う。あるときは、「私の意見に味方してくれ」だったり、あるときは「頭が混乱したので助けてくれ」だったり、あるときは「あえて反対してくれ」だったりする。そうした上司の無茶ぶりの真意を悟り、瞬時に期待に応えられる人材が登用されていくわけだ。
「そんな処世術など、いまの実力社会には通用しません」という考えもあるが、上司に可愛がられる能力は立派な実力である。可愛がられるべき相手から実際に可愛がられる能力は、客先でも取引先でも通用することが多いからだ。
落語好きの M さんが私に立川談慶(たてかわ だんけい)の本をプレゼントしてくれた。一冊が『落語力』で、もう一冊が『大事なことはすべて立川談志に教わった』という。談慶は慶応大学を卒業後、三年間ワコールで働いていたこともあり、前座名が「立川ワコール」。「ワコール」の名を使うにあたり、ワコール社に質問状を送ったところ、当時の社長・塚本能交氏が快諾したといういきさつがあるが、ここでは、それは余談。
そんな経緯から談慶はビジネスに強い。談志の弟子では談春が一番文才があると思っていたが、ビジネスに通用する文章を書かせたら談慶の方が上かもしれない。
談慶の本はどちらも面白く「無茶ぶり」の話はどちらにも登場する。特に詳しく出るのは『落語力』の方で、こんな見出しが並ぶ。
・スキルアップの秘訣は「無茶ぶり」にある
・修行とは不合理や矛盾に耐えること
・「無茶ぶり」で自分の殻を割る、自分の限界を超える
・人には「無茶ぶり」に対応する力が備わっている
・激しい「無茶ぶり」をクリアしてきた人が天下を取る
・収入は「無茶ぶり」に応えた度合いに比例する
・「無茶ぶり」を制御可能にする五つのポイント
いかがだろう、読んでみたくなったのではなかろうか。
ある日のこと、談慶が師匠の談志と一緒に外を歩いていると、にわか雨が降り出した。「タクシーを拾え」と言われた談慶は、懸命にさがすもののタクシーが見つからない。「師匠、こんな雨ですから空車のタクシーは見つかりません」と報告すると、「バカヤロー、てめぇの言い訳は聞いてない。さっさと拾え」と言われた。これが無茶ぶりである。
落語界の師匠は絶対だ。弟子は師匠を喜ばしてナンボという立場。タクシーが拾えない理由をいくら語ろうが分かってくれるはずがない。企業内の優しい上司なら「そうだよな、こんな雨だから空車のタクシーなんていないよな」と理解を示してくれるかもしれないが、そうはいかない。他の客との相乗りでも構わないし、東京中のタクシー会社に電話をかけまくってでも拾ってくるのが弟子の仕事である。
このような不合理かつ不条理な「無茶ぶり」に応えていくと、徐々に本職の仕事が回ってくる。
あなたの上司は誰だろう。もし経営者の立場ならば、お客が上司だと思ってみてはどうだろう。「今の○倍満足させろ」「○倍感動させろ」「○倍うまいものを喰わせろ」「○倍笑わせろ」「○倍泣かせろ」ということだろう。
また、あなたの会社の株主が外部にいると想定して、株主からの無茶ぶりにも応えよう。「今の○倍利益を出してくれ」「配当を○倍欲しい」「利益率を○倍にしてくれ」「株価を今の○倍にしてくれ」などであろう。
社員の「無茶ぶり」にも応えようではないか。「○倍給料が欲しい」「○倍のボーナスが欲しい」「休みを○倍にしてほしい」「仕事の内容を○倍おもしろくしてほしい」「働く環境を○倍にしてほしい」
学校や地域や国家からの「無茶ぶり」もある。
「雇用を○倍にしてほしい」「税金を今の○倍払ってほしい」「地域の行事イベントに○倍貢献してほしい」「社員のしつけや教育レベルを今の○倍にしてほしい」と考えているはずだ。
それらを総合し、あなた自身に期待されている「無茶ぶり」リストを作ってみよう。その中からあなたが選んだものが、あなた自身があなたに期待する「2015無茶ぶりリスト」である。それは弟子が師匠に対して決して「No」を言えないのと同様に、期待に応えねばならないリストなのである。