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続・六波羅蜜

昨夜、北京から戻りました。

北京はおおむね北緯40度で、大連や天津、平壌、秋田、盛岡より北にあります。私は相当な寒さを覚悟して、セーターとマフラー・手袋持参で訪問したのですが、あに図らんや。
桜や桃が開花し、今の名古屋よりも暖かな春うららという陽気が続いていました。

ところで、北京市内を観光しているときも、私は野球のWBC、日本の戦いが気になって気になって。
北京のホテルでは一切テレビ放映されませんでしたので、インターネットでチェックしたり、自宅に国際電話を入れたりして試合の状況を確認していました。
福留のホームランで日本が韓国相手に2点先行したことを国際電話で聞き、JTBのバス内でそれをお知らせしたところ、皆が最後尾にいた私をふり返り、「よし!」「やった!」「まだ安心できない」などと車内は大騒ぎでした。彼らの多くも、気にしていたのですね。


さて、昨日の続きで「六波羅蜜」について。

冒頭の今日の言葉でも紹介したアメリカ建国の父の一人であり、アメリカ版の二宮尊徳ともいわれる「ベンジャミン・フランクリン」は、印刷工から身を起こし、自らを律して成功した人だ。
100ドル紙幣の肖像の人といえばわかりやすいだろうか。

その彼が若い頃、生まれながらにもっている自分の性癖や習慣、人間関係上の欠点などを克服したいと思って、自ら定めた徳目が13あった。それは、次のようなものだ。

・第一 節制・・・飽くほど食うなかれ、酔うほど飲むなかれ
・第二 沈黙・・・自他に益なきことを語るなかれ、駄弁を弄するなかれ
・第三 規律・・・物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
・第四 決断・・・なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
・第五 節約・・・自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち浪費するなかれ。
・第六 勤勉・・・時間を空費することなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて絶つべし。
・第七 誠実・・・いつわりを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた然るべし。
・第八 正義・・・他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
・第九 中庸・・・極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
・第十 清潔・・・身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
・第十一 平静・・・小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
・第十二 純潔・・・性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他に平安ないし信用を傷つけるがごときこと、あるべからず。
・第十三 謙譲・・・イエスおよびソクラテスに見習うべし

フランクリンは考えた。
一年がちょうど52週間あるので13徳は4回ローテンションできる。だったら欲ばらずに一週間にひとつの徳目だけを集中的に管理・実行しよう。
そして若きフランクリンは生涯を通じてこれを実践し、自己完成に大いなる役割を果たしたと自ら述べている。

フランクリンは大した人なのだが、東洋だって負けていない。
ブッダが2500年前にひらいた仏教にも「六波羅蜜」という教えがある。

仏教にとって最高の理想は、即身成仏(そくしんじょうぶつ)することだ。つまり、生きたままで出家すら必要とせずにあなたが仏になれるということだ。

そうなれば、生きている間中ずっと歓喜と平穏の両方に身を包まれた深い「悟り」の状態でいられる。
その理想にいたるために身につける徳目が六波羅蜜の6つの徳目なのだ。

1.布施(ふせ)
2.持戒(じかい)
3.忍辱(にんにく)
4.精進(しょうじん)
5.禅定(ぜんじょう)
6.智慧(ちえ)

「布施」とは、人に施すことである。大きくわけて次の三つある。

・「財施」・・・金銭や物品を与えて施す
・「法施」・・・教えを説いて施す
・「無畏施」・・・不安をなくしてあげることを施す

あなたは今までに、誰に施されてきたか、を考えてみよう。また、誰に何を施してきたのか、そしてこれから誰に何を施そうとしているかを良く考え、紙に書き、実行していこう。

親が子供に対して提供する無償の愛も「布施」だし、身近なところでは、瀬戸内寂聴さんの笑顔の法話は、「法施」と「無畏施」を同時に実践しておられるのではないかと思っている。

また、布施とは持つ者が持たない者に対してできる行為というよりは、時と場合によって、誰もが与え、与えられるという関係のものだ。

「布施」は、行為だけでなく、そのときの心が大切だ。

お金持ちに思われたいからとか、ケチと思われたくない、などという心境で行う「布施」は、その時点で「布施」ではなくあなたのエゴになるのだ。
だから、「布施」したくないときはしないのも間違いではない。

二つめの徳目「持戒」とは、戒律を守って生活することである。

人間が本来もっている動物的な愛欲の部分が表に出てこないようにする自己トレーニングでもある。

仏教では次のような事柄を戒律として定めている。

・殺生(せっしょう)をしてはならない 
・盗みをしてはならない
・淫らな愛欲の行為をしてはならない 
・他人を欺いたり、嘘をいったり、悪い言葉を発してはならない 
・大食い深酒をしてはならない

「モーセの十戒」と共通点もあるが、こうした戒律を守ることによって人徳を高めるだけでなく、あなた自身が戒律によって守られるようにもなるのだ。


<三つめ以降の徳目は来週に>