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同じことをくり返す

「世界一受けたい授業」というテレビ番組にヤンキースの松井選手が登場した。彼の授業テーマは、”どのようにしたら緊張せずに、普段通りの力が発揮できるか”というテーマだった。
秀逸だったのは、その後のちょっとしたパフォーマンス。

日米通算で400本以上のホームランを打っている松井選手だが、そのすべてのホームランを覚えているというのだ。そこで実験として出演者が「じゃあ、72本目は?」などと聞く。
それに対して松井選手は、「ん~、たしか広島市民球場で○○投手から直球を打ったホームラン」

と返答していく。

全部正解しているので司会者が、「松井さんは覚えようと努力しているのですか?」と聞くと「いいえ、自然に覚えました」と。
毎打席終わるたびにベンチでバッティングを修正してきた証拠だろう。
きっと夜、自宅に戻ってからも日記などに記録を付けているに違いない。

そういえば、将棋でも囲碁でも試合後の感想戦で、今の対局をそのまま再現できるのはもちろん、ずっと以前の棋譜までを記憶のデータベースに格納し、それらを参照しながら今の対局に臨んでいるという。

恐るべし、プロの記憶力。

「武沢さん、あなたはメルマガの1000号記念で何を書いたの?」と聞かれたら、私の場合は絶句してしまう。
正直言って、いつ1,000号に到達したのかも覚えていない。

松井選手みたく、「平成16年4月7日号の『がんばれ社長』記事は?」と聞かれ、『不人気メルマガも悪くない』とスラスラ答えたいものだ。
だが、それらのことを覚えていることに価値があるのではないはず。

毎回の体験を次に活かすために整理し、修正していくからこそ自然に覚えられるものなのだろう。
だから、自らの体験をふり返り、整理することに意味があると思う。

高野山専修学院の添田隆俊大僧正は、「同じことをくり返すことが一番大切な修業である」と次のような主旨のことを語っておられた。

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熱があろうが風邪をひいていようが、朝のお勤めを365日果たす。それを五十年くらい厳粛にする。
修行するということは、水をかぶったり断食したりすることではない。
そんなのは、特別な人がやることであって、大切なのは誰でもできるものでなければ修行にならない。
だから、同じことをくり返すということが一番大切な修行の信心だ。
何を信心するかというと、同じことをくり返すことを、なのだ。
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どれだけ上手くできようが浮かれず、奢らず。また、どれだけミスし、失敗しようが決してくじけない。
ただ淡々と自らの体験から学習し、他人の体験からもヒントや教訓をもらい、次に活かす。偉大ゾーンを掘りさげる作業はそんなシンプルなことのくり返しだ。それに倦くことがあってはならない。