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外国人がみた日本の強み

自らの本業を文筆家という「その人」とは、ピーター・F・ドラッカー氏だ。
今年2月に日本経済新聞の「私の履歴書」(27回連載)に遅まきながら登場し、氏の生い立ちから今日にいたるまでが、始めて体系的に語られ興味深かった。

新聞社へのリクエストが多かったようで、さっそくその連載が本になった。編者の加筆も加わって新聞連載よりも楽しめる内容になっている。『ドラッカー20世紀を生きて』という。

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文筆家の人生が意味あることとして注目されることはめったにない。
注目されるのは著作だけである。文筆家としての私の人生も例外ではない。
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と控え目な書き出しから始まる。だが、氏の履歴を読んでいくと、まさしく20世紀の生き証人と言っても過言ではない人物たちとの交流・交遊が飛び出てくる。

新聞記者時代に、ナチスのヒトラーにも直接取材し、ファシズムに警告をならす記事を書いたという話はほとんど今まで語られてこなかった。
また、父の交遊関係からドラッカーが幼年期にはシュンペーターやフロイトとも会っている。その他、ケインズやデミング、グローブ(インテル)、ワトソンJR(IBM)、スローン(GM)、ウエルチ(GE)などの名前が踊るあたり、氏の面目躍如だ。

ドラッカーファンならずとも楽しめるのでおすすめしたい一冊だ。

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最終27章にこんなくだりがある。

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日本の友人とは引き続き関係が深い。
(中略)
そんな友人たちに一つ言っておきたい。日本の強さを忘れないでほしい、ということを。
 欧米人と日本人を交えてパーティを開くとしよう。何をしているかと聞かれれば、欧米人は「会計士」、日本人は「トヨタ自動車」などと答えるだろう。自分の職業ではなく自分の組織を語るということは、組織の構成員が家族意識を持っている証拠だ。ここに日本最大の強さがある。
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愛国心ならぬ、愛社精神の強さが日本独特の経営文化なのだという。

私も中国の青島(チンタオ)非凡会での質疑応答で、現地の経営者にこんな質問を受けたことを思い出す。

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武沢先生、日本企業はトヨタや松下のように多国籍企業になった今でも社員と会社がひとつの家族のような一体感があるように思います。
それにくらべて、私の会社は社員がすぐに辞めていってしまいます。
昨日までその机で働いていた人が今日から急にいなくなっても、誰も何とも思いません。こうした文化の差はどこに原因があるのでしょうか?日本的、家族的経営をめざすためには何が必要なのでしょうか?
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と聞かれたことがある。

私は最初、おどろいた。
よく日本のことを知っているなという驚きと、中国人経営者が日本企業のそうした一面を理想としていることのダブルでおどろいた。
外国でこそ日本の経営組織が評価されているのだと。

私たちは、国際社会の場で自らを社名でしか名乗れないことを恥ずかしく思ってきたのではないだろうか?
恥ずかしくなんかない。
むしろそれこそが我々の強みなのだということを認識すべきかもしれない。

ただし、トヨタの前社長が語っていたように、アマチュアなサラリーマンはいらない。プロのサラリーマンだけが必要とされているという点では、もっともっと日本の組織も変わっていかねばならないだろう。