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こんなところで立ち止まっているわけにはいかない

「今さらどんなにがんばったってあの人以上にはなれそうもない」とか、「良くて、せいぜいあの人レベルね」「あんな人にはなれそうもないわ」などと自分の将来像を他人と重ね合わせて考える人がいる。それが一概に悪いこととは思わないが、どうせなら、はるか遠くにある理想の人物像をメンタルイメージにもちたいものである。

作家やタレントは自分の筆名や芸名を決めるとき、初心を忘れないために偉人やエピソードをもじった名前をつけることがある。

司馬遼太郎は、福田 定一(ふくだ ていいち)という本名だが、ペンネームを決めるとき、中国の歴史家・司馬遷(しばせん)に遼か(はるか)及ばずという気持ちから司馬遼太郎にしたという。江戸川乱歩の本名は平井 太郎(ひらい たろう)。筆名は、彼が敬愛していたアメリカの文豪エドガー・アラン・ポーをもじったもの。

やや脱線するが、風変わりなペンネームは二葉亭四迷だ。処女作『浮雲』を発表したはよいが、坪内逍遥の本名を借りて出版したことに対して自分を激しく責め、「くたばって仕舞え」と自らを罵り、それをペンネームにした。本名は長谷川 辰之助(はせがわ たつのすけ)という文豪めいた名前である。獅子文六は、文豪の上を目指すことから文六にしたといわれるが、これは多分に都市伝説めいている。

そのまんま東は、東国原英夫(ひがしこくばる ひでお)という本名がある。あるとき「たけし軍団」の宴席で全員の芸名を決めることになった。若手芸人から順に名がつけられ、古参の東国原まできたとき、すでに全員が泥酔状態。「師匠、私の名前は何になるんでしょう?」と聞く東国原に対し、師匠のたけしは、「お前はそのまんま『東』でいいよ」と言ったのを書記係のラッシャー板前が「そのまんま東」と記録し芸名となった。「水道橋博士」(すいどうばし はかせ)は頭脳明晰であり、めがねをかけたときの風貌が鉄腕アトムのお茶の水博士に似ていたところから、ビートたけしが「御茶ノ水」のひとつ手前という意味で水道橋博士に決めた。気の毒なのは「夏木マリ」で、彼女のデビューが 6月だったことから、芸名を夏までに決めようということになり、夏に決まる、夏決まる、夏木マリになったという。

かなり脱線してしまったが、話を本筋にもどそう。

私には大きな使命がある。だからこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。早く次のステージに進まねば、という焦燥感に近いものが必要だ。それを真言(マントラ)のように毎日唱え、日々決心を新たにする。

そうした強い生き方には二つの要因がある。ひとつは、あと○年で自分は死ぬ。仮にそのときに死なないにしても、元気で精一杯働けるのはあと○年だろうという逆算タイマーの作動。

もうひとつは飢餓感。次のステージ、次の次のステージのイメージがある。それは自分にしかできないし、自分の人生を賭けるに値する大仕事である。それに引きかえ、今ははるか手前の段階に自分がいる。あれもなければ、これもない。だから唯一与えられている時間を目一杯大切にするしかない、という気持ちで日々を過ごす。

明日は金曜日号の日なのでどこまで書けるか未定だが、ある人物をご紹介したいと思う。「一念発起」(いちねん ほっき)、「刻苦勉励」(こっくべんれい)「初志貫徹」(しょし かんてつ)といった言葉はこの人のために作られたといっても過言ではないと思える人がいる。

北関東では有名な人物で、東京の一部でも有名だ。だが関東から遠ざかるにつれて知名度は落ちるが、ある分野においては世界的に評価される仕事をなし遂げた人だ。江戸時代後期の人で講談話にも登場する。

「あの人だな」と想像がつく方は私にメールをお送りいただきたい。(期限:8月29日 午前9時)正解された方に2015年スケジュールカレンダー(エクセルファイル)をプレゼントさせていただく。発送は9月2日の予定。