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宿命の敵

「芸術は爆発だ」「自分のなかに毒をもて」などと説いたのは岡本太郎氏だが、絵本作家の荒井良二氏は、「宿命の敵=大人の自分」と考えている。

山形県出身の荒井氏は芸術学部を卒業し、商業デザインの仕事をした。スポンサーの依頼をうけてイラストなどを描く。評判がよくて仕事が殺到したが、書きたいものを自由に描いているという満足感は得られなかった。自分の主張をするとスポンサーから「こちらのイメージ通りのものを描いてほしい」といわれた。やがて体調を崩した。医者にみてもらったら「自律神経失調症」といわれた。

独立してしばらく経ってから絵本の仕事が舞い込んだ。チャンスだと思い引き受けたが三ヶ月経っても絵本づくりが進まない。大人の自分が邪魔をし、ありきたりのものしか描けない自分がいたのだ。

・子供はあなどれない
・子供ビームを浴びたい
・子供をノックしたい
・想像の選択肢を増やしたい
・情熱的な下手くそでありたい

荒井は自分にそう言い聞かせ煩悶した。

あるとき、描いた絵を近所の子供に見せたら「おじさん、下書きの線は消さなきゃダメだよ」と指摘された。その瞬間、荒井は歓喜した。子供が自分を対等にみてくれている。いや、むしろ、子供が一段下にみてくれている。そこに絵本づくりの真理があるような気がした。

以来、自分のなかの大人を捨て、奔放で自由な「子供の自分」を引っ張り出して描くことを最も大事にしている。
2007年に NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出た。NHK のホームページにこうある。

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荒井が描く多くの絵本にはストーリーらしいストーリーがない。そして、まるで子供が落書きしたような絵がちりばめられている。だが、大人が首をひねるようなこの不思議な世界が、子供達の心をとらえて離さない。
荒井は、「子供の心に届くのは、大人が作るような巧妙なストーリーや上手にかかれた美しい絵ではない」と考えている。だからいつも、「自分の中のおとなを捨てる」ことを心がける。積み上げた経験や常識に縛られるのではなく、奔放で自由な「子供の自分」を引っ張り出して描くことこそ、最も大事にしている流儀だ。

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自宅の台所には自ら目と鼻を描いた冷蔵庫やポット、食器などがある。それに向かって毎朝「おはよう」と挨拶をする。「こういう変なものから話しかけられるんですよ。あそぼ~みたいな感じで(笑)。顔を描くとなんか人格がありそうだしね」自分だけのお地蔵さんのようなものらしい。作業に行き詰まり、眉間にシワを寄せてしまっている時に、こうしたお地蔵さんをみて「あ、こんな顔してちゃいけない」と思うのだという。

道具や仕事の仕方にもこだわりがある。いや、こだわりが何もない、というべきかもしれない。

高価な道具や絵の具を使うわけでなく、それこそ身近にある歯ブラシを使ったり、指で色を塗ることもある。捨ててしまうようなチビた鉛筆であえて描きにくさを求めたりもする。道具は不自由な方が、精神は自由になれる。そうやって子供のように、思いつくままに手を動かす。

仕事中、ひとりごとをいう。

「おとなだよな、なんか、ちくしょう」

「こどもの天才スイッチないかなぁ ピッ!!」

番組で司会の茂木氏からこう聞かれた。「荒井さんにとってプロフェッショナルとは何ですか?」

荒井は一瞬、意表をつかれたような表情を浮かべたあと、ためらいがちにこう語った。

「プロであることをどれだけ忘れて何かに没頭できるか。そういう人ですかねぇ」

NHK プロフェッショナル仕事の流儀 絵本作家・荒井良二
http://www.nhk.or.jp/professional/2007/1211/index.html

荒井氏の番組 DVD を買いたい(3,675円)
http://ganbare.pk.shopserve.jp/SHOP/NHK-professional4008.html