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第三ゴールキーパーの夢

(このお話は実話を元にしたフィクションです)

●「プロサッカー選手になりたい。すごいゴールキーパーになりたい」
と中学入学と同時に地元のサッカークラブに入った昇一(仮名)。
両親も兄弟も学校の先生も応援してくれた。

●そのサッカークラブには全国から腕自慢ならぬ足自慢の小中学生が
集ってくる。彼らの夢は「J リーガーになりたい」「日本代表チーム
に選ばれる選手になりたい」「欧州のビッグクラブで活躍したい」「W
カップで日本を優勝に導きたい」・・・。みんな夢もデカイ。
実際にこのチームから J リーグ選手が何人も出ているのだ。

●小学生のころは学校で一番のサッカー選手だった昇一だが、中学生
になってこのクラブに入ったとたん、並の選手になってしまった。
全国レベルの壁に直面したのだ。何しろ体格ひとつとってみても、当
時の昇一の身長 155センチは恵まれているとはいえない。しかし負け
ん気が人一倍強い昇一は「絶対レギュラーポジションを取ったる」と
周囲に宣言していた。背が小さい分、動きは俊敏でキック力もあった。
彼のポジションはゴールキーパーである。ライバルは少ない。

●一日も休まず練習するうちに、監督にも目をかけられる選手になっ
ていった。
ミーティングなどでは、「みんな、昇一の元気さとガッツを見習え」
と他の選手の前で監督がほめてくれることもあった。だが、同学年に
はすごいゴールキーパーが二人もいた。

●その二人は、すでに大人のような体格だった。しかも全身がバネで
できていて、手足は蜘蛛のように長い。上下左右に機敏に動き、相手
チームに決して点を与えないのだ。
やがて昇一は「第三ゴールキーパー」という立場が定着していった。

●正ゴールキーパーが怪我をしたときか警告カードの累積で出場でき
ないときにサブのキーパーが試合にでる。そのサブが何かの事情で出
られないときに昇一が試合に出られる、というわけだ。
実質上は、試合に出られる可能性はほぼ皆無にちかいといって良い。
昇一はそのポジションにもめげず、人一倍練習した。

●結局、中学三年間で公式戦に出たことは一度もなかった。

中学三年生になって進路を決める時期がきた。こわかったが、監督に
率直な意見を聞きに行った。

「ぼくがプロ選手になれる可能性はどのくらいあるでしょうか?」

監督はしばらく考えこう言った。

「昇一、一生のスポーツとしてサッカーを楽しめ」

●監督のメッセージは中学生にもすぐ理解できた。小学生になる前か
ら 10年間想いつづけたプロサッカー選手になるという夢は、この日、
きっぱりと断たれた。

帰り道、昇一はひと目をはばからずに泣いた。初めて挫折というもの
を味わった。

「応援してくれたお父さんやお母さんになんて言おう、兄弟や先生や
友だちにはどうやって伝えよう。それに、僕はこれからどうしよう」

●結局、「どうにでもなれ」と高校・大学ではヤンキーになった。

その間にも、同期のサッカー選手が五輪代表チームで活躍している、
などの情報が耳に入ってくる。そのたびに胸がしめつけられるような
気分がした。ものごころがついたときから夢をもっていた昇一にとっ
て、それがない、という状態は表面的には楽しくてもどこかはかない
気がする。

●ある日、髪の毛を鉄腕アトムのように尖らせ、真っ黄色に染めて友
だちとライブにでかけた。その会場で一人の女性と出逢った。
名を豊子といった。学校は違うが、彼女が一学年上の大学生だった。

<明日につづく>