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浅田専務ファイナル

・浅田専務のどこがいけないというのだ、彼は欠かせない人材ではないか。批判されるようなところは一点もない。彼が欲しい。

・浅田のような人に専務を任せる会社自体がすでに“終わってる”。これ以上あり得ないほど、無能な経営者ではないのか。

同じ内容でも、読者によって、受け止め方に両極の反応があるのだということが今回のシリーズで再認識できました。何はともあれ、ファイナルです。

「もちろん、そのつもりだ。まず、経営者に必要な能力として・・」

社長の大木は語る。

ビジネスの“達成能力”や“成功の能力”という漠然とした世界が、今ではどんどん究明されつつある。その代表的なものとして、最近、書店をにぎわしている『コンピテンシー(因子)』なるものがある。それらの研究によれば、経営者に必要な能力を大別してみると、次の三つだ、と大木は言う。

1.テクニカルな技能(職責を果たすために必要な技能)
2.ヒューマンな技能(自己と他人をうまく動かす技能)
3.コンセプチュアルな技能(戦略や方針などをつくる技能)

そして、現場管理者から経営管理者になるということは、「3」のウエイトが高くなるだけではない。「1」~「3」の技能のそれぞれの質が変わっていくことも意味する。

例えば、「1」のテクニカルな技能でも、事業計画の立て方とか、経営理念の作り方、キャッシュフロー管理の方法など、営業部長のそれとは異質な技能を修得していかなければならない、と大木は言うのだ。

ちょっと当惑した表情で浅田は、「しゃ、社長。私は作文ってやつが昔から大のニガテでしてね。箇条書きくらいの文書なら作れても、長々とした文章は書けない。」

「それで充分さ。作家になるなら別だが。ビジネスは箇条書きで充分だ。ただし、文書作成力と読書量とはある程度比例する。キミも読書を増やせば、きっと文書も冴えるはずだ。」

さらに大木は続ける。

「2」のヒューマンな技能についても、今まで浅田は、現場で陣頭指揮をとり、OJTで人を育ててきた。しかしこれからは、集合研修や人事制度など、システムで人を育てていく視点が必要になる。また、ティーチング(教える)型の指導だけでなく、これからはコーチング型の指導も重要だろう。

また、経営環境に適応し、我社の強みを活かすような会社の方針づくりをする能力は、まさしく「3」のコンセプチュアルな技能である。これは、浅田専務が今まで、ほとんど使ってこなかったものだ、と大木の語りは熱を帯びてきた。

「ふ~む。なるほど、社長、私にはそのような技能が求められているということですね。」

「浅田君、僕が期待することは以上だよ。それより、君がふだん何気なく言っている言葉や行動に、経営者として大丈夫なのかな?と疑問に感じることがあるんだ。」

「え?そうですか。たとえば、どんなことでしょう。」

「そうね、最近では、『理念でメシが喰えるか』とか、『社内に金は落ちていない。金は現場に埋まっている』とか言って、経営会議を欠席したり、書類提出の期限を守らなかったりするよね。」

「あっ、たしかに。」

「それは、すでにマネジメント軽視、現場偏重の表れなんだよ。」

絶句する浅田に対して、大木は話題を変えた。

「僕の亡き父親は理容師をしていてね、地方の散髪屋さんだよ。僕が子供のころは大変よく儲かっていたようだ。近所のどこよりも早くカラーテレビやマイカーを買ったものさ。」

「うらやましい。」

「そのおやじが酒に酔うと、『日本一の床屋になる』っていつも豪語していたものさ。」

「へぇ、凄いじゃないですか。で、どうなったのですか?」

「結局“ハサミ断ち”ができなくて、ずぅーとハサミをシャキシャキやってたよ。日本一になるための行動計画を作るひまもなくね。」

「ふ~、お好きだったんですね。理容が。」

「そうだと思う。結局ぼくのオヤジは、理容師の仕事が大好きで、お客さんと世間話しながら、ハサミとひげ剃りを扱う毎日が幸せだったのだと思う。そんな親父を、決して批判などするつもりはない。」

「社長、そりゃそうですよ。仕事に命を燃やすことほど、美しい人生はないですよ。」

「ただ・・・」

大木は秘書が持ってきたお茶をうまそうに一服すすり、続ける。

子供相手に、“日本一の床屋になる”ということをたびたび言って聞かせた親父の気持ちは、決してホラなんかじゃなく、きっと本気だったに違いない。にもかかわらず、二号店すら持つことなく、後継者がいないまま一代限りで店を閉めた。もし仮に、人生が二度あれば、きっと別の選択をしたはずだ、と大木は言う。

それは理容師としての能力を証明する日々ではなく、親父の野望を実現するために必要な能力を開発することを、どこかで選ぶはずだ。

「なるほど、今の私に相通じるところがあるお話しですね。社長、わかりました。私に経営者への道を歩み出せという親心、つつしんでお受けしますよ。そして、来年の今ごろには、『浅田君、副社長をやってくれないか。』って言わせてみせます。さっそく今から、私個人と営業部全体のアクションプランを作ります。」

「浅田君、あなたの門出にお茶で乾杯だ。あっ、それと『D社』への対応案も1時間以内にメールしてくれたまえ。」

「あっ、それが本題でした。」