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浅田専務

「また値下げ要求か・・・。冗談じゃない、幾らなんでもここまでくると理不尽。ふざけるな、だ。」最大手顧客の「D社」から一方的な通告に近い電話を受けたあと、専務の浅田は苦々しくつぶやいた。営業現場たたき上げの浅田が専務をつとめる人材派遣会社「W社」では、【収益率の向上】が今期の最重点課題である。年々悪化する採算を今期から回復傾向に持ってゆこうとする5カ年ビジョンを、つい先日発表したばかりなのだ。

今朝の全体朝礼でも浅田は、部下に対して「採算の悪い仕事はとらなくても構わない。儲けさせてくれるお客と太く長く付き合え!」と、号令を発したばかりである。

にもかかわらず、今回の「D社」の要求は派遣人材の時間単価を一ヶ月以内に2割削減せよという。一年前の水準からみれば3割も単価が落ちている。以前はドル箱のように儲けさせてもらった顧客だったにもかかわらず、このままでは採算割れになるではないか。

浅田は、社長の大木に報告するにあたり、自分の考えを整理してみることにした。猛暑でもスーツの上着を脱がない社長の大木は、約10年ニューヨークのウォール街で働いていた金融マン出身。知的エリートタイプだ。論理家・大木に対しての報告は、浅田にとっては骨のおれる仕事なのだ。

浅田が書き出した選択肢リストはつぎのようだ。

1.「D社」の要求通り2割の値下げを受け入れるその場合は、収益確保策として、原価や経費の引き下げが必要。
2.「D社」の要求を拒み、契約を解除するこの場合、売上高・粗利益とも大幅に減少し、ひょっとすると赤字転落の危険性もあ   る。
3.「D社」との契約を継続する前提で、値下げ幅の縮小を交渉するこれが望ましいが、難航するかも知れない。成功しても収益  性は悪化することには変わりなく、何らかの対応策が必要。

「う~ん、今期重点課題の【収益率の向上】どころか、これじゃ悪化する方が多い日々だ。」とこぼしつつ、社長の大木のいる部屋に向かった。

ひと通り浅田の報告を聞き終えると、大木が口を開いた。「浅田君、我々は経営者の責務として4つの役割を担っているはずだ。それは、『ビジョン』『戦略』『執行』『戦術』、であり、この4つについて我々が考えるか、あるいは、誰かに考えさせることが大切なんだ。今回の値下げ要求という一つの出来事を、この4つの役割で考えるとするとどうなると思うかい?」

「えっ?社長、どういう意味ですか。今の状況では、そうした議論も大切ですが、まずその前に、何とかしないと会社が存続できなくなるわけですから、利益が出るようにあの手・この手を打つだけだと思うのですが。」

「ふ~ん、あの手この手ねぇ。浅田君、たしかに目先的に言えばそうかもしれない。だが、それは目先の問題であってそれだけでは不充分だ。我社の戦略やビジョン、事業構造的なことも含めてこれを機会に考え直す必要はないだろうか。」

「社長、お言葉をかえすようですが、それでは日が暮れます。事態は急を要するのではないかと。」

「まだ分かってないね、浅田君」