経営管理

大岡越前さえ蔑視した商人の儲け

名奉行といわれた大岡越前守でさえ、経済のことは分かっていなかったようだ。その証拠に「原価に利益を乗せて商売する商人たちはけしからん。こんにちの不況の原因は商人の存在である」と断罪した
武士道の精神からみれば、「利益は悪だ」となるようだ。

明治になり、士農工商の身分制度はなくなっても武士道精神は濃厚に残った。明治の教育者・新渡戸稲造などは著書『武士道』に誇らしげにこう書いている。
「武士道精神は損得勘定をとらない。むしろ足らざることを誇りにする」

そして、大正・昭和・平成と続き、来年の今ごろは新元号になっている。
時代は移ろえど武士道精神は根絶していない。良心ある経営者のなかには、薄利であることを誇りにしている人がいる。
なかには、許容できるのであれば赤字だっていいじゃないかと思っている経営者もいる。

以前、学習塾の「経営計画書」を拝見したことがあるが、次のようなことが書かれていた。
「営業利益率は5%以内に保つこと。それ以上の利益は暴利であり、本来の受益者である生徒や親御様に還元すべきものである」
私がその箇所を質問すると、その社長はこう言った。

「教育者と医者は原則として無報酬が望ましいと思っています。ただ、今のご時世でそれを言っても先生や職員が集まりませんから、経費がまかなえる程度の利益で十分だと周囲に言い聞かせているのです」

意味なく暴利をむさぼることには反対だが、この社長のように利益軽視の考えにも反対だ。企業は万一に備えて内部留保を積み上げていく必要があるし、理念を実現するために設備や人材などに投資を続ける必要もある。むろん、借入の返済があるのなら、それは税引き後の純利益から払われるので、適正利潤は5%以内ではないはずだ。

それはさておき、新渡戸が書いた『武士道』と真逆の本は何だろう。
理念も理想もない単なるがめついだけの商売人が主人公の本って何だろう?
だが、結局10分ぐらいで考えるのをやめた。
なぜなら、そんな人物ならたくさんいるので、本の主人公になれないのではないか。

考えるのをやめようとしたその瞬間、ある物語のことが脳裏をかすめた。中学生のとき文化祭の出し物で私も脇役を演じた、あの物語である。

<あすにつづく>