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コンサルタント失格

「あそこの会社は私の指導通りにやらないから伸びないんだよ。まず、あそこは社長をクビにすることが最高の戦略だね」
しゃれたスーツに身を包み、シャンパングラス片手にそう語るのは、30歳代のコンサルタント。
顧問先の悪口を吹聴していた。
その会社は有名らしく、周囲の人は笑っている。
場所は香港。
彼は大手外資系のコンサルタントと聞いた。

この人は苦労するだろうな、と思ったがパーティの席でもあるし、聞き流しておいた。
かくいう私もかけ出しのころ、顧問先の会社で失敗したことがある。
コンサルタントがやってはいけないことをやってしまったのだ。

当時その会社は社員の離職率が高く、それを解決するために緊急幹部会議を招集し、私も招かれた。
若手社員の不満を幹部が代弁する。
だが社長は社長で、「甘えている」「今が会社の正念場なのに、なぜ我慢できない」などと若手をたしなめる。
結局、1時間経っても平行線のまま問題解決の糸口がみえなかった。

「どうも議論がかみ合わない。武沢先生はどう思われますか?」と社長が私に意見を求めた。
私は感じていることをストレートに述べた。

「御社にとって何が問題なのか、私にはよく分かります。問題は一つだけと言ってよいでしょう」
「ほー、そうですか。何ですかそれは」
「社長ご自身です」
「わたし?」
「そうです。そもそも社長は自分の考えややり方を変えるおつもりなどありませんよね。社長の考えを押しつけることしかお考えになっていない。それはご自分では気づいておられなくても、幹部や社員は皆、わかっているのですよ。それが御社の今の問題です」

社長の顔は紅潮した。
「ふ~ん、そうなんですかね。武沢先生ならこういう場合、どうされますか?」
「はい、こうします」
と自分の考えを話した。

「ま、とにかくいったん休憩しましょう」と社長は不機嫌そうに席を立ち、自分のデスクにもどった。
私も立ち上がって自販機の方に歩き出すと、幹部の一人が小さく拍手してくれた。
「ありがとう」私がそう言うと、幹部は今でも忘れないひと言を私に言った。

「武沢先生がうちの社長だったら良かったのに」

そのひと言で、「あ、やってしまった」と思った。
依頼主は社長である。
社長がよくなり、会社がよくなるために私は存在する。
自分が褒められたり得意になったりするためにいるのではない。
試合に勝って勝負に負けたかもしれない。

私の肩書きは経営コンサルタントだが、正確にいえば「経営技術コンサルタント」である。
経営を教えるのではない。経営の技術を教えるのである。
いわんや、依頼主の会社の経営代行をするわけでもない。
その社長以上にその会社を経営するのにふさわしい人はいない。

そこのところを逸脱すると「武沢先生が社長だったら」などと言われてしまうのだ。
これを言われたらコンサルタント失格だと思っている。