その他

たった一枚の貼り紙

今朝、コーヒーを買おうとスタバに向かっていたら、いつもと景色が違う。
道路をはさんでスタバの反対側に目を凝らすと、床屋のシャッターが降りていた。
「あれ、木曜日なのに休みなのか?」

最近、近所の床屋に変えた。店主が若く、話題も合うからだ。
それ以前はスタバの近くのこの店に少なくとも10年はお世話になっているはずだ。
スタバ側から遠目にみると、シャッターに貼り紙らしきものがある。
「臨時休業のお知らせならいいが、ひょっとして・・・」
胸騒ぎをおさえながら、信号を渡って店の前に立った。
驚くことにその貼り紙の冒頭にはこんな文字がおどっていた。

「破産手続開始申立のお知らせ」

名古屋の一等地で半世紀にわたって営業してきた床屋が倒産した。

お知らせの文面はこうつづく。

「私はこの度、破産手続き開始の申立てをすることとし、本件につき下記弁護士に委任いたしました。近日中に名古屋地方裁判所に申立をいたします。(中略)
今日まで数々のご協力を賜りながらこのような仕儀になりましたことに対し、心よりお詫び申し上げます。なお、私の占有管理する敷地・建物内に・・・ (後略)  」

発行人は社長(女性)であり、代理人弁護士がそれを貼った。

シャッターのど真ん中に貼られたたった一枚の貼り紙がこれ。
店の前は名古屋の目抜き通り。
貼り紙を読みながら複雑な気持ちになっていった。
あのおばちゃん(社長)の笑顔が好きで通っていたのに。
店が広くていつも賑わって元気があったから通っていたのに。

それにしても、これはいったい誰のための貼り紙か。
あきらかに債権者へのメッセージである。
債権者が店に押しかけ、金目のものを押収しないように牽制したものである。

そんな無機質なものでなく、まず、店主からお客様へのメッセージが要るのではないか。
そうすべきである。
いくら傷心とはいえ、お客様への感謝と挨拶を忘れてはならない。
周囲にそれを言う人がいないのだろうか。

もし私が店主ならこう書く。

・・・
50年のご愛顧、ありがとうございました。
諸事情によってお店は○月○日をもちまして閉じることにいたしました。
皆さまの永年のご愛顧は決して忘れることがございません。
今後、ご不便をおかけいたしますが、ほかにも素晴らしい理美容店はたくさんございますので、そちらでのご愛顧を是非ともよろしくお願いいたします。

なお、会社としましては法的な整理に入りますので弁護士さんからの仰々しいお知らせがありますが、お客様にはお気づかいなさることなく、町ですれ違ったときには、これまで同様、明るくお声がけくだされば幸いでございます。

皆さまのご多幸とご健勝を祈念して。

平成○年○月○日   店主 ○○○○
・・・

シャッターど真ん中にこの挨拶を。
弁護士の知らせはその下か、シャッターの最下段で構わない。

すがすがしい五月晴れの朝だったが、切ない気分になった。