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あるビジネスチャンス「レイ・クロックの挑戦」その1

      2014/08/04

Rewrite:2014年3月26日(水)

「私にとっては生きるか死ぬかの選択だった。この事業で失敗すれば、私にはもう行く先がなかった」

後にそう語ったマクドナルド創業者レイ・クロック氏は、53才までマルチミキサーのセールスマンだった。
「石油王」といえばロックフェラー、「鉄鋼王」といえばカーネギー、「自動車王」といえばフォード、そんな彼らに並んで「ハンバーガー王」と称されるにいたったレイ・クロックの歩みを見てみたい。

「マクドナルド」というレストランを1935年に創業したのは、レイクロックではなく、ディックとマックのマクドナルド兄弟である。モータリゼーションの波に乗って普及し始めていたドライブインレストランのひとつが「マクドナルド」だったのだ。
その繁盛に目を付け、チェーン展開を始めたのがレイ・クロックなのである。

飲食業に関して素人であったマクドナルド兄弟が、「スピード」「低価格」「多売」という三つの原則で、店そのものを作り上げていたところに、現在の原型があった。そしてこの店は繁盛していた。
ミキサーのセールスを伸ばしたいクロックは、兄弟に対してひとつの提案を試みた。 「あなた方のお店は必ず成功する。もっと店数を増やすことを考えてみないか」という当然の提案だ。それによってクロックも販売台数を伸ばすことが出来るというわけだ。

しかし、兄弟の返答は冷ややかなものであった。
「冗談じゃない。一店舗でこんなに忙しいのに、これ以上店を増やしたら身体も時間も自分のものじゃなくなってしまうよ、ゴメンだね」 クロックは有能なセールスマンではあったものの、53年間の生涯で一度も飲食店を経験したことはない。ましてや、経営したことはない。
しかし、彼には余人が見ることができないバーガーチェーン構想を夢見ることができたのだ。 メニュー構成、調理器具、客が直接注文を出す仕組み、食品をあらかじめ調理しておく、などといった食品小売りシステム自体が、画期的な「ビジネスモデル」になるはずだ、と考えた。更に、子供連れの家族にターゲットを絞り、店内を明るく清潔に保つように作業を標準化すれば、全米展開は可能だと信じた。

「権利を買いたい。私にマクドナルドハンバーガーをやらせてくれ。」と申し出るのに時間はかからなかった。
「私にとっては生きるか死ぬかの選択だった。この事業で失敗すれば、私にはもう行く先がなかった」と思うのも当然だろう。 権利金は彼にとって莫大な額であり、全財産を換金し支払ったのだ。 彼は生涯を賭けるに値する事業を手にしたのだが、ハイリスクな投資であることに変わりはない。成功事例がほとんどないのである。夢と可能性に賭け、自分を信じるしかなかった。 大航海時代の船乗りたちのように、前へ進むしかない。

クロックは、二度と引き返せない橋を渡ったのである。

<明日につづく>

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