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続・渋沢栄一の生き方

11/16(木)号のつづき。まずは前回のあらすじから。

アプリ開発を仕事にする渡瀬社長(55)と私は中華の店に行った。
「金儲けがうまくできない。社長失格ですわ」と自嘲気味に語る渡瀬社長。どうすれば商売下手は治るのか武沢の意見が聞きたいという。
そこで私は渋沢栄一に学ぶよう提案をした。城山三郎の『雄気堂々』を読むと良い。

怪訝な顔をする渡瀬社長に私は渋沢の魅力を語った。彼は、武士・官僚・実業家として成功した。タイプの異なる三つの人間を生ききるのは並大抵のことじゃない。魔人のように勉強した。一生懸命やるなんてものじゃない。鬼気迫る情熱と狂気が渋沢に「魔」をもたらした。

すると渡瀬社長は、「魔になれる秘訣を聞きたい」という。

これより本日の原稿。

「魔の秘訣は、ものごとの判断基準の在処だよ」と私。
「判断基準の在処?」
「そう、無意識に思っていることが自分の利益なのか、お客や社会の利益なのか、ということ」
「本来、社会のことを考えることが大切だと分かっていますが、普通はまず、自分がどれだけ儲かるかを計算しちゃいますね」
「普通の人はそうなのよ。これからも普通でよければそれでいいけど、普通じゃない事業家になろうというのなら、そこから変えていかないと」
「なるほどね~、まず社会の利益を考えろということですね」
「具体的にいえば、この製品やサービスが、従来からあるものにくらべてお客や社会にどれだけ新しい価値を提供しているか。この製品やサービスがたくさん売れることは、お客や社会にとって善なのか不善なのか、と考える」
「すごく大切な考えだと思いますが、すぐ忘れちゃいそう」と苦笑する渡瀬社長。
「だから、その思いを経営理念として成文化し、いつも声に出して言う必要がある。経営理念をアファーメーション(自己宣言)し、自分を作りかえていくわけ。それが魔につながっていく」

「イカ団子お待たせしました」と中国人の女性店員。この店の紋甲烏賊100%の団子もまた絶品なのである。

「で、渋沢も社会のことを第一に考える人だったのですね?」と渡瀬社長。
私は揚げたてのモンゴウイカ団子を頬張りながらこう答えた。

「渋沢の場合は、社会の前に「道理」が大切だと言っている。道理にかなっていることを考え、それが国家社会の利益になるかを確認する。
その上で最後に、自己や自社のためにもなるかどうかを考えるそうだ」
「なるほど。もし、道理にもかない、国家社会のためにもなるが、自己の利益になりそうもないとき、それはどうすればいいのですか?
「断然自己を捨てて、道理のあるところに従う。その結果、つぶれてしまうような会社なのであれば、もともと社会に必要とされていなかったのだから、それでも構わないといさぎよく諦めること」

渡瀬社長は老酒のグラスに手をそえたまましばらく無言だった。
30秒ほど沈黙が続いたのち、こう言った。

「武沢さん、自分の商売下手を克服するために、商売上手の秘訣を聞きにきたのだが、そのこと事態が浅はかだったかもしれません」と神妙なおももち。さらにこう続けた。
「道理にかない、国家社会のためになることをやっているつもりですが、もう一度そこのところから自問自答する必要がありそうです」
「すばらしい。そうしたことで経営者がいるステージが変わっていく」

その後、締めの「ねぎそば」を平らげてその夜のミーティングはお開きになった。時計をみたらまだ20時前だったが、これでいい。
まっすぐ帰宅した。