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セレンディピティというもの

先月は13冊読んだ。おそらく自己最高記録だと思う。今月もすでに12冊読んでおり、記録更新の勢いである。ノートパソコンやスマホなどのガジェットが読書時間を奪ってきていたが、Kindle というガジェットがそれを奪い返してくれた格好だ。

先月読んだ『乱読のセレンディピティ』(外山滋比古著)は面白かった。著者は外山 滋比古(とやま しげひこ)氏。
『思考の整理学』で有名な学者だが、本職は英文学。1923年生まれの93歳で、今もなお盛んな創作活動をつづけておられる「知の巨人」である。

知の巨人の秘訣が乱読にあるという。本書も乱読の効能を説いた本なのだが、本書の魅力はそれにとどまらない。本との新しいつき合い方がいくつか提唱されている。
まず、罪悪感のもとになる積ん読は大いに結構だという。また、読み始めたのに途中で読むのをやめて放り出してしまうことも大いに推奨している。言われなくても誰もがそうしていることなのだが、それを学者に言われると妙にありがたい。

乱読とはなにか。著者の定義によれば、
「大型書店にいって本に囲まれ、海に飲み込まれるような思いをしつつも、やみくもに手当たり次第本を買う。軽い好奇心があればそれでOK」となる。

昔とちがって本があふれている。本以外にも読まねばならないものは溢れかえっている。にもかかわらず、「本に義理立てして読破・読了をしていれば、もの知りにはなるだろうが、知的個性はだんだん小さくなる」という。

知的個性が必要なのだ。みんなと同じような本を同じように読んでいるだけでは個性派教養人にはなれない。
その秘訣は読破・読了にこだわるのをやめること。昔教えられた常識はこうだ。
「買った本は絶対読め。読み始めた本があっても今の本を読み終えるまで手を出すな」
だが、そんな常識は取り払いかたっぱしから本に手を出そう。

ただし、ある程度上達してきたら、つぎは本の内容にこだわってみよう。そもそも本の読み方には二種類あると著者は言う。
アルファー読みとベータ読みである。
昨夜テレビでみた野球の新聞記事のように、読み手があらかじめ知識をもっているときの読み方をアルファー読みという。一方、意味があまりよく分からないまま読みすすめることをベータ読みという。江戸時代の子どもたちが「巧言令色鮮仁」(こうげんれいしょくすくなしじん)などと意味もあまり分からずに読んでいた方法だ。

乱読するということはベータ読みができるようになるということ。
アルファー読みの乱読では、大切なセレンディピティが生まれない。
「セレンディピティ」とは思いがけないことを発見するという意味である。もし、小説ばかり、ビジネス書ばかり、文学ばかりありがたがって読んでいるようでは遅れた読者であると著者は厳しく指摘する

新聞や雑誌(専門誌ではなく総合誌)をくまなく目を通すこともベータ読みになるという。著者は電子書籍については言及していないが、電子書籍こそ乱読に向いていると私は思う。新聞を電子版にしたり、読み放題の Kindleアンリミテッドに加入したり、雑誌読み放題サービスにも加入することで書店に足を運ばなくても新刊をチェックできる。
ネット書店のブックレビューを読んでいるうちに知らなかった作者や名著と出会うことも容易である。ネット書店にはセレンディピティがあふれているのだ。

一年や二年ではなく、十年、二十年と乱読することによってひとかどの個性あふれる教養を身につけることができると著者は保証している。それを楽しみに、今日もまた乱読また乱読。ベータ読みの乱読。

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