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先にピンチを解決しておき後からそれをチャンスにしてしまう

「ピンチはチャンス」という言葉が大好きだった O 社長は、自らが主催する異業種交流会の名前を「ピンチャン会」にした。30年前のことである。「どうしてピンチはチャンスなのですか?」と尋ねる私にO 社長は、ぶっきらぼうにこう答えた。

「タケ、そんなの決まってるだろ。ピンチを乗りこえたら、あとはチャンスしかない」
「そんなもんですか」
「ああ、そんなもんだ。中国古典にだって『窮すれば通ず』という教えがあるくらいだ」

「ピンチはチャンス」。

なんとなくその言葉だけを脳裏に刻み込んできたが、深い意味が30年経った昨夜、ようやく分かった。
和僑会会長・迫 慶一郎さん(北京在住の建築家、45歳)の講演をお聞きし、そこで氏は、こんなことを言われたのだ。

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先にピンチを解決しておき後からそれをチャンスにしてしまう。私たちはそういう、したたかな生き方をする必要があります。日本は世界でも例を見ない少子高齢化大国ですが、その経験知は、後を追いかけるアジア諸国や欧米の国々にとって注目の的になります。事実、私がいま手がけている九州の案件は、老人ホームと幼稚園を最初から複合させるという革新的なプロジェクトです。中国でも差別化したい老人ホームや幼稚園の施主からオファーをたくさんもらっていますが、そういう施主が福岡まで見学にきているのです。「先にピンチを解決しておき、後からチャンスにする」というのはそういうことです。
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「ピンチはチャンス」とは、ピンチの人を励ます言葉だと思っていたが、まさしくピンチこそがチャンスなのだと合点がいった。

昨夜の講演は、名古屋和僑会主催。今年から世界和僑会の会長に就任された迫慶一郎さんを招へいした。「がんばれ!社長」でもこのイベントの呼びかけをしたことから、名古屋はもちろん北海道や埼玉、富山など各地から多数の起業家が名古屋に集った。

日本も中国も子供が少ない。だから親は懸命になって子供の教育にお金と時間をかける。そうした教育熱が新たなビジネスチャンスを生んでいる。少なくなってきた子供とは対照的に、老人は増えすぎて収容する施設が足りない。

「僕だったら自分の親をこの施設に預けたいか」そんな視点で各地の老人施設を見てまわる迫さん。どこもローコスト建築にしないと経営が成り立たないことから、チープな素材に抗菌処理した建材や家具を使っている。「終の住処」(ついのすみか)としてふさわしいとは思えない施設が多くなる。これが老人施設が直面しているピンチのひとつといえる。

「ピンチはチャンス」。
限られた建築予算のなかで「だったらこうしてはどうか」という建築家としてのアイデアを施主にぶつける。さらにはそれに対する施主のフィードバックをもらってさらに次のアイデアを出す。そのように議論を重ねていくなかでブレイクスルーが生まれ、従来の老人施設になかったようなコンセプトやデザインが生まれてくる。それが施主のビジネスチャンスとなり、僕自身の今後のチャンスにもなる、と迫さん。

建築家とは、知力と気力と技術力の総合格闘技のようなものだなと思った。あるいは、それは建築家に限ったことではないかもしれない。
多忙な合間をぬって講演されたあと、懇親会も最後まで付き合われた。
私はそこでおいとましたが、世界和僑会の会長という立場がある迫さん。名古屋和僑会の幹事が集う反省会に向かわれたのは23時半を回っていた。そうした迫さんの旺盛な行動をみていると、知力と気力と技術力に加えて「体力」も入れるべきかもしれない。