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億万長者になったタクシードライバー

※この物語はフィクションであり、会社名、個人名はすべて架空のものです

新年早々、株式会社パッション通商の”ケン”こと沢藤健太社長(50)のもとに訃報が飛びこんできた。シカゴのジョンが亡くなり、教会で葬儀を行うと家族がしらせてきたのだった。

「くそったれジョンがとうとう逝ったか。あのくそったれが・・・

訃報に触れる前からケンのもとにはすでにいろんな噂が入っていた

「ドラッグでいかれているらしい」「ピストル自殺したそうだ」「浮気相手とベッドの最中、腹上死した」「ヘリから身を投げたというウワサもあるぞ」・・・。
どれもひどい話だが、ジョンならありえそうだった。

新宿高層ビルの47階にあるケンのオフィスからは富士がよく見える。特に今日は晴れていて、富士山がいつも以上にそびえ立って見えた。ケンにとって富士山のようなジョンの存在。自然に視線がそちらに向いてしまう目立つ奴。

「ユダヤのやつらが金儲け上手とは聞いていたが、ここまでやるとは…」ケンが舌をまくことが何度もあった。とにかく契約条項の取り決めがこまかい。優秀な弁護士や腕ききの国際貿易コンサルタントを引きつれて自分たちが有利になるように先手先手とビジネス展開をする。ジョンの顔が少し馬ヅラをしていることから、「生き馬の目を抜くとジョンの顔になる」と業界でウワサされた。実家が浪速の個人商店(傘屋)だったケンにとって、そうしたジョンの抜け目ないやり方に拒絶反応も感じるが、「なるほど、今度はそうきたか」と感心もする。

かく言うケンも商社マン時代にはヨーロッパや中近東諸国に国産のジェット機や大型タンカーを売りまくり、ライバルから恐れられてきた。ジョンとケンは互いにタフな交渉相手と認めあう仲になり、「くそったれが」という言葉の奥底に、戦友を失った感傷と、一つの時代の終焉をむかえた感慨も混じっていただろう。

ケンが経営するパッション通商が半年がかりでつかんだ「エミリージーンズ」日本総代理店の立場は、わずか数年で年商を5倍にしてくれた。新宿の高層ビルを1フロア借りられる財力をつけたのも、ジョンとの関係があってのこと。

シカゴのタクシードライバーだったジョンが交際中の彼女「エミリー」のために5百ドル(6万円)投資した。その会社がみるみるでかくなり、共同経営者の立場におさまっていく。そして10年後にはその会社を大手アパレルメーカーに1億ドル(120億円)で売却している。ジョンは濡れ手に粟で60億円のキャッシュを手に入れたわけだ。だがジョンがいなければ「エミリージーンズ」もここまで成功しなかっただろうから、単なるラッキーボーイでもない。だが、そのジョンはもういない。さらにいうなら「エミリージーンズ」も地上から消滅していた。

オシャレが大好きなエミリーは、30歳になる少し前にデパートの店員をやめる決心をした。ファッションデザイナーになるという夢にむかって行動を開始したのだ。まずジーンズの商品開発に取り組んだ。その当時、ジーンズといえば世界的に有名ないくつかのブランドで世界シェアの大半を分け合っており、そのなかに女性専用ジーンズといえるものは皆無だった。女性のスタイルにフィットした可愛らしくてセクシーなジーンズを開発したいとエミリーは何パターンものデザインを考えた。そのなかから2案に絞り込み、リーバイスのジーンズを改造して試作品をつくりシカゴ郊外の工場に持ち込んだのだった。

「これと同じものを最少ロットだけ作ってほしいの。お金がないからサイズは3サイズもあればいいわ。費用と納期を教えてくれないかしら」

工場の経営者はエミリーに協力的だった。3サイズ×10本で計30本作ろう。費用は2,000ドル(24万円)でいいといわれた。1本あたり67ドル(約8,000円)でオリジナルジーンズが作れた。エミリーはそれを3倍の200ドル(24,000円)で売るつもりだった。

エミリーの心は躍ったが、いかんせん最初の投資資金がなかった。貯金を全部はたいても半分の1,000ドルしかない。親にも協力してもらって1,500ドル(18万円)程度だろう。どうしても足りない500ドルはボーイフレンドのジョンに無心した。

こうして完成させた「エミリージーンズ」の最初の製品をエミリーはシカゴのデパートに持ち込んだ。応対したバイヤーは「悪くないね」と言ってくれた。「しばらくうちの店で扱ってみよう」とも言ってくれた。後にスリムフィットタイプのジーンズは女性ファッションの定番になるが、その当時は誰も履いていない。見たことすらないジーンズだった。売れた分だけ翌月末に代金を振り込んでくれる。いわゆる委託販売だったが、エミリーはそれだけで胸が高鳴る気分である。

「来月になったら販売状況について連絡を入れますから」とバイヤー。「私も時々お店に顔をだしますので、是非ともよろしくお願いします」とエミリーも精一杯の笑顔をみせて商談を終えた。

だが妙なことに三日後にエミリーの電話が鳴った。相手は早口で何を言っているのか聞き取りにくかったが、最後の方の言葉だけが理解できた。

「Sold-out(完売した)」

と言っている。

<明日は「ウィークリー雑感」のため、来週につづく>