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続・夢二の場合

●昨日のつづき

・・・昨日のあらすじ

●高田夢二(たかだ ゆめじ、仮名、34才)。スチール家具を製造販売する株式会社高田スチール家具(仮名)の代表取締役社長である。

半年前、父の入院にともなう社長退任によって、急きょ取締役から社長に昇格した。父は代表権をもたない会長に退き、海外で療養している。

●いつかは自分も父のあとを継ぐ気ではいたが、少なくともあと数年は必要だと夢二は考えてきた。おそらく父もそのつもりだったろう。

また父に人生を預けてきた役員たち、専務、常務、工場長は、まさか今回、夢二が自分たちのボスに就くとは想像していなかったようだ。

●新社長の責任として、「経営計画書」を取りまとめようと考えた夢二は、悪戦苦闘しながらも五ヶ年計画を作り、役員会にはかった。

ところが、何一つ反応がない。やむなく休憩を入れ、喫煙室にいる専務たちのところに向かった夢二。

・・・

●喫煙室には専務、常務、工場長の三人が缶コーヒーを飲みながら談笑していた。夢二が入っていくと、みな押し黙り、空気が硬まった。

「あ、専務。それに皆さんもこちらだったんですね。休憩の時間をおじゃまして申し訳ないのですが、今、ちょっといいですか?」

「ま、どうぞ?」と専務。

●夢二は三人にむかって、こう切りだした。

「どうして発言されないのです?」
「・・・」

「これじゃあ会議になりません。発言していただかないことには」
「・・・」

●しばらく間があったのち、専務が重い口をひらいた。

「社長、わしらははっきり言って、三年後とか五年後の計画を聞かされても全然ピンと来んのですわ。ここに居るか居ないかも分からんですし。そんな先のことよりも、あなたの体制でこの会社はもつのか、ということですわ」

「え、もつか?」
「もしいま、夢二社長内閣に不信任案が出されたら、たぶん可決されますに、きっと」
「・・・」
「私もそう思います」「私もです」、常務と工場長も賛同した。

「・・・私にどうせよと?」

「社長を辞めてほしい、とは言えません」
「・・・」

「そう言いたくても言えません。なにしろそれは先代がお決めになったことですし、決定権は高田ファミリーにあるのはよう分かってます。わしらが口をはさむ問題ではないことも充分わかっとります。ただ、先代に対するのとおんなじ気持ちであなたについていこうという気にはなれんのですわ」

●その後、会議は再開してすぐに終わった。
夢二の頭のなかは真っ白で、どのように会議を終えたのかほとんど覚えていない。

「専務たちが僕にはついていけないと言っている」

夢二は母の財務部長に相談した。母ははげましてくれた。

「何をおどおどしてるの。あなたは社長の息子ですよ。彼らを雇用し、彼らを役員に登用しているのはあなたの方なのですから。ドーンと構えていなさい!」

「そんなこと言ったって、あの三人がもしいなくなれば会社は回らないよ」

「それはその時考えればいいの。あなたは社長なんだから何が起きても不思議じゃないと腹をくくっていなさい」

「腹をくくるって言われても・・・」

●自宅へ戻る途中、夢二は武沢の携帯に電話してみた。幸い武沢はすぐに出た。

今日起きたことをありのまま伝え反応を待った。人事問題に対しては硬派な意見をもつ武沢のこと、「そんな役員のクビは切るべきだ」と言われるのを覚悟した。ところが武沢の反応は意外なものだった。

武沢曰く、あなたは先代から禅譲されて社長になった。オーナー一族だからそれが許されるとはいえ、大切な社員の気持ちがそれについてきていないようだ。特に役員の気持ちがふっきれていないのは大きい問題だね。
そんな時に「経営計画」を作って発表しても社員はうわの空だろう。
今必要なのは、新社長が名実共に社内で信任されること。
それには、「経営計画発表会」ではなく、社員集会を開くこと。名前はなんでもいい。全体会議でもいいし、社員コンベンションでもいいし、オープンフォーラムでもいい。そこで、先代社長がお元気であればその会議のために撮影した動画を流し、夢二新社長に協力してほしいと訴えてもらおう。もし動画がむずかしければ、お元気なころの静止画をスライドショーさせながら、先代から頂戴したメッセージを読み上げてもいい。その後、あなたが新社長としての決意をきちんと申
し述べること。経営計画発表会はその一ヶ月後でも構わない。むしろ、その場で必要なのは、経営陣が一枚岩に結束していることを全社員にみせること。そのために、事前に専務や常務などと膝をつめて話し合って、彼らに「支援をお願いしたい」と頭を下げるべきである。彼らが心に引っ掛かっている懸念材料があれば、それをすべて聞き出し、改善を約束しよう。命がけで専務・常務・工場長にぶつかってみてほしい。

●「武沢さん、おっしゃることはよく分かるのですが、やれるでしょうか?」
「どういうこと?」
「本当に専務を口説けるか心配です」
「だれだってこうした未知の経験を前にすると恐怖心が出るもの。だから入念なリハーサルが必要ですよ」
「リハーサル?」
「想定問答集をつくり、奥様かお母様に専務役をやってもらってリハーサルするのです」
「でも、もしリハーサル通りに進まなかったらどうします?」
「夢二さん、リハーサル通りに進むなどと最初から思わないことです。リハーサルする目的は、踏み出す勇気を得るためです。リハーサルすればするほど、本番に向かう敷居の高さが下がっていきます」
「分かりました。全部やってみます。ありがとうございました」

●夢二は電話を切った。

あれから二ヶ月たつ。連絡がないので気になっていたが、先週メールを頂戴した。
それには、「業界環境はきびしいが、役員全員すこぶる元気。先日社員集会の開催にこぎつけ、専務が仕切ってくれた」とあった。

ひとつ大きな節目を乗りこえたようだ。