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夢二の場合

●高田夢二(たかだ ゆめじ、仮名、34才)。

竹久夢二が大好きな両親が長男である彼につた名である。名は体をあらわすというが、竹久が描くやさしく繊細な女性像に近いイメージを高田夢二氏も持ちあわせている。

●いまはスチール家具を製造販売する株式会社高田スチール家具(仮名)の代表取締役社長。
昨年暮れ、創業者である父が難病にかかり、外国で手術・入院することが決まった。それにあわせて急きょ、夢二氏が取締役から一気に社長に昇格し、父は代表権をもたない会長に退いた。

「あの大人しくて業務経験がほとんどない夢二氏が社長?」

社内は多少なりとも動揺し、混乱した。

●「無能のくせに口だけ達者の遊び人」、そう夢二を評してきた専務以下の役員が当惑した。

「連日、異業種交流会に参加しては人脈作りにうつつを抜かし、酒ばかり飲んでおる。あんなお坊ちゃんにこの会社の社長がつとまるわけがない」と古参の専務(58)と常務(57)は結託し、社員を引きつれて造反しかねない勢いだった。

●父が大好きな言葉「より早く、より安く」という経営理念が存在した。
あとは45名の社員に一致団結してもらうために、「経営計画書」を作らねばならない。そう考えた夢二は、「がんばれ!講座」(半日コース×2回)を受講した。

●二日間の講義を終えて、講師の武沢はこう言った。

「高田社長。よく集中してがんばりましたね、大変良い計画ができたと思いますよ。自信をもってこれを社内発表して下さい。その前に、まず経営陣全体でこの計画書の達成にコミットメント(誓約)してもらうよう、経営会議でよく説明してください。必要とあらば柔軟に計画内容を変更しても構いませんよ。大切なことは、”社長一人の計画”から”みんなの計画”に格上げすることなのですから」。

「分かりました!専務や常務の反応が気になりますが、思いきってやってみます」

●翌週、高田社長は経営会議で「経営計画書」の内容を発表した。

今まで夢二氏を手足のよう使ってきた専務や常務が今度は自分の部下になる。お互いにすごくやりにくかった。
現場に精通しているのは彼らの方だ。専務や常務の理解と協力を得なければ、自分が作った五ヶ年計画なんて誰も信用してくれるはずがない。一世一代の大発表だった。

●その場にいたのは、社長、専務、常務、工場長、財務部長(母)の五人だった。小一時間かけて計画を発表しおえ、反応を待った。

だが、無反応なのである。

「専務、なにか意見がありますか?」
「いえ、別に」
「常務はいかがですか?」
「いえ、別に」
「工場長は?」
「私からは特になにも」

財務部長だけが取りなしてくれた。

「よく練られた計画だと思うけど、今聞かされたばかりで何か言えといわれてもむずかしいでしょうから、特に気になったところだけでも指摘してもらうというのでどうかしら?」

「なるほど、そうしましょう。どこか計画の内容で気になったところを言ってもらえますか?どんな些細なことでも構いませんから」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

「専務、どうですか?」
「・・・。ですから、何もありません」
「常務や工場長は?」
「・・・。別にありません」

●「皆さん、何か言ってもらわないと困ってしまいます。今日の経営会議の目的はこの経営計画の内容をよく吟味し、来月の正式発表会に備えることですから。賛成でも反対でもいいので、意見がほしいのですが」

「・・・」
「・・・」
「・・・」

●「困ったな、じゃあ、ちょっと休憩を入れましょう。10分後に再開します」と言い、夢二社長は母の顔をみた。

母も途方にくれているようだった。

「お父さんが元気な時には、専務も常務ももっと素直だったのに、この豹変ぶりはなに?」とでも言いたげだった。

●夢二は、トイレで用を済ませると、喫煙室にいる専務のところに向かった。そこには、常務も工場長もいた。

<明日につづく>