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お前さんは大したものになれない

●ゆうべはある席で痛飲した。
飲みたい気分のときには翌日の予定など忘れてしまって大いにのむ。
減量中の身だが、気にしない。

●「のみながら語りあう」という人がいるが、私はのむと難しい話はできなくなる。時々、酒場で政治や経済に関する “ごもっとも” な自説を述べる方がいるが、酒場で興味がない話題を聞かされるのはきつい。
むしろ、互いの過去・現在・未来を語り合う方がためになる。読書論や映画論、旅行談なども楽しい。

●世間の人は「酒を飲むと本が読めなくなる」とか、「酒を飲むと健康によくない」、「お金や時間がもったいない」などと酒をワルモノにするが、酒は大いにやるべきだと思う。

●作家の吉川英治もこう言っている。

「酒をのむと修行の妨げになる。酒をのむと、常の修行が乱れる。酒をのむと、意志が弱くなる。酒をのむと、立身がおぼつかない。などと考えてござるなら、お前さんは大したものになれない。」

●私は40歳代まで酒が飲めず、苦労した。

自宅で缶ビールを飲むのは年に3本程度。宴席参加も、多くて月に一回までという状態が45才まで続いた。飲めないわけではないが、好きになれなかったのでおさそいを拒みつづけた。
46才でメルマガを創刊し、その1~2年後ぐらいから酒が気に入るようになった。

●気の置けない仲間との酒なら何をしても許されるだろうが、仕事の接待や上司との宴席になると心得を知っておかねばならない。

時々、取り返しのつかない失敗をしでかす人がいる。私の知人にも二人ほど気の毒な人がいる。

●一人はシモネタで失敗した。

周囲を楽しませようということかもしれないが、上品なそれではなく彼の場合「下品」になり、やがては「下衆(げす)」な人と思われてしまったようだ。主力客をもてなすBARで品のない話題を連発し、お客を怒らせてしまったのである。

●もう一人は「無礼講」を勘違いして、上司を怒らせ左遷された。

「無礼講」とは、無礼が許されることではない。上司に気づかってお酌したり挨拶しに行く必要がない食事会のことである。虚礼がいらない宴席なのだ。

「無礼講だ」と言われ、上司にむかってタメクチとあだ名を連呼したあげく、上司批判と会社批判を延々とやってしまった。
「君はそういう人間だったのか」と役員に言われ、地方都市に転勤となり、しかも役職は外された。

●飲む相手によっては、酒席も仕事現場なのだ。

誰と飲むにしても、その場にふさわしい話題やふるまいができるようになろう。そんな相手と出会ったときには、また一緒に飲みたいと思う。何度か一緒に酒を酌み交わし、飲みっぷりと酔いっぷりが見事だと、人生の友だと思えるようになる。

●あとは、健康のために飲まない日を設ける心がけも大切。

私の場合はホットヨガで汗を流した日は、自宅で作る果物ジュースしか飲まない。そんな日が月に10日はある。
飲まない日の楽しみも作っておこう。特製ジュースを飲んだら、早めに布団にもぐりこんで眠くなるまで好きな本を読む。そんな夜もわるくないのだ。