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続・事件は現場で起きている

●昨日のつづき。

遅れてやってきたB社長は、俳優の松田優作に似たダンディな若者だった。背も高いし、声も渋い、充分すぎるオーラが出ている。
「ウワサの信長かぁ」と思った。

●「お待たせしちゃって申しわけありません。A社長、大変ご無沙汰しております。さ、こちらにどうぞ」と車を指した。
「どうしましょうか?」という目線を送る私。黒服とのトラブルの直後なので怒りはおさまっていない。
「とにかく車に乗りなさい」という顔をするAさん。私も従った。

●助手席にAさん、後部座席に私が乗り込む。
高級スポーツカーの革張りシートは硬めで、ボディのホールド感がすごい。ガチッとシートベルトで固定すると、高速を何キロで飛ばしても全然怖くないだろうと想像できた。
そんなことを考えていたら、「Bです、お噂はかねがね伺っています」と私の方をむいてあいさつされた。

●「さっきの”黒服事件”の真犯人はあなたなんだ!」と内心で思っているのでニコリともせずに、「あぁ、そうですか」と低い声でぶっきらぼうに返事した。
私の愛想のなさにB社長の表情が一瞬こわばったようにみえたが、まったく気にかけなかった。

●そんな空気を察したのか、Aさんがすぐに口をひらいた。
「あなたねぇ、いまお店でちょっと問題があってね、私だけでなくこちらの武沢社長もずいぶんご立腹なんだよ」
「ええっ!問題ですか、店で何かあったのでしょうか」

●近所に行きつけのカフェがあるというので、そこへ向かった。移動中にAさんが事件のあらましを伝えた。
B社長の表情がみるみる変わる。さっきまでのダンディで柔和な表情は完全に消え失せ、光秀(明智)に罵声をあびせながらせっかんする信長のような顔つきになっていた。髪も総毛だってみえる。

●カフェに到着すると携帯で店長を呼び出し事情聴取していた。そして、事件を起こした当事者の名前を特定した。日頃から問題のあるL君だった。

●「申し開きの言葉もございません。ただただ、お詫びするだけです。申しわけございませんでした。せっかくお世話になっているA社長とお二人でわざわざ店までお越しいただきながらこの始末、お恥ずかしいかぎりです。すいません。」とテーブルに頭がつくほど詫びたBさん。

●ちょうど真向かいの位置に座っていた私は、その真剣な目と、一瞬よぎった苦悩の表情をみて、怒るのはもうやめようと思った。
「いいですよ。ここまでにしましょう。それと、L君をすぐに処分するのだけはやめてもらえませんか」とお願いした。

「ぼくは社長の知り合いだ」と威張る客が多いのかもしれない。私はそんなつもりはなかったが、そう伝えたことがL君の接客を意固地なものにさせたのかもしれない。

●「Lの処分については、私が決める問題です。このあと、本人と店長とで話し合って決めることになります」と言った。
そのあたりキッパリしていた。Bさんが決めるのは当然だが、私とのトラブルが原因でクビになったなんて良い気持ちではないので、「できれば穏便に」ともう一度お願いした。

●そのあたりで話題を変えた。

B社長がなぜ10年たらずで”キャバクラ王”と言われるようになったのか聞いてみた。
「偉そうなことは言えませんが」と前置きしながらも口を開いてくれた。Bさんの話を要約するとこうだ。

・・・私を”キャバクラ王”とよんでいるのは一部の人だけです。なにしろ狭いこの業界、先輩社長のなかで私なんか異端児扱いされているだけの小僧ですよ。
もともと私はナイトライフの専門雑誌のライター兼カメラマンをやっていて、キャバクラやピンク系の水商売、ホストクラブ、風俗店を毎日取材と撮影に出かけていました。お店もたくさん取材したし、本社の社長や役員ともたくさん会いました。その経験から、この分野には充分チャンスがあると思った。挑戦してみたら本当にうまくやれた。
むしろ想像以上にうまくやってこれました。それだけのことです。
・・・

●「なにが良かったのですか?」と聞くと、お客さん第一の営業に徹した点にあるという。
それには他業界の営業ノウハウに学ぶことが多かったという。当時、キャバクラ店の多くはそれほど特別な努力をしなくても儲かっていた。
今から思えば競争環境がゆるかった。うちはまず、スタッフ教育に力を入れた。たとえば、ホステスに対する接客教育から営業教育(携帯やメール)、ブログ教育から私生活の管理まで、徹底してホステスとして一流になるように仕込んできた。その酬いとして、彼女たちにしっかり稼がせた。基本的に女性はハングリーだから。
やる気のあるホステスはこちらの教育指導にちゃんとついてきて成長していった。会社としても彼女たちをサポートするためにホームページの充実、顧客のポイント制度、VIPメンバー制度、携帯予約システムなど、他業界では常識になっている営業ノウハウを総動員してファンを増やしていった。その結果、業界トップクラスの稼働率、リピート率、利益率をほこるお店ができ店数も増えていった、という。

●「これからもその路線で伸ばすのですか?」と聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。

はじめの頃は、寝食をわすれて仕事に打ち込んだ。それほどこの仕事が面白かった。おかげで、しっかりお金も稼がせてもらった。だが最近、もうこれで充分だと思うようになってきた。むしろ、この業界とは違うところで勝負してみたい。
そう思うようになった最大の理由は「人」である。今夜の黒服事件もそのあらわれだと思うが、黒服のなり手がいない。黒服をやりたいという若者がいないのだ。中高年まで対象を広げればいるのだが、客層に合わないからうちは黒服も若手で行くと決めている。だから、なり手がいない。それに女性ホステスと違ってハングリーさがないので、教育を厳しくすると辞めていく。現場の店長が一番困っているのが黒服対策だ。これからは、一緒に経営努力を共にしてくれる仲間や社員と仕事をしたい。

●私は途中、話をさえぎるように口をはさんだ。

たとえば、「黒服の新卒採用なんてどうですか?」とか、「使命感を与えれば黒服になりたい若者はたくさんいるはず」、とか、「黒服を女性ばかりにしてはどうか」など。

だがB社長がそれを即座に否定した。「過去、武沢さんが言うようなことをすべてやってきたが、いずれもうまくいかなかった」という。

●「できない」と言っていることを「できる」と私が言い張るのも変なので黙ることにしたが、今でも「できる」と思っている。
肝心な点は、当の社長にこのビジネスへの情熱が失せ始めているところにあるようだ。なぜなら、黒服問題を語るBさんの目に力がないのだ。

●「”キャバクラ王”の次はなにを目指すのか」聞いてみた。

意外なことにその答えは、素朴な外食ビジネスだった。果たしてそんなのがビジネスになるのかと思ったが、彼に言わせればそれをアジア諸国に持ち込むのだという。
もしそのビジネスがお隣の中国や韓国などでヒットしたら、いまの、”キャバクラ王”なんて目じゃないほどの成功をもたらす可能性がある。
だがそれはお金目的じゃなく、一緒に挑戦する仲間が欲しいというのが真意なのかもしれない。
そんな素朴な外食ビジネスの夢を語っているBさんの目はキラキラしていた。

●「今日はハプニングの出会いでしたが、またいつかお目にかかりましょう。よろしければ私のメルマガもお読みください」と名刺をお渡しした。

そのあとBさんは、わざわざA社長のご自宅、そして私が泊まっているホテルまで送って下さった。

●翌朝、目がさめたらBさんからメールが届いていた。午前3時の着信だった。

「メルマガ購読を始めました」ということと、「L君を解雇しました」とあった。一発で目がさめた。

あれから本人と店長とで話し合ったそうで、「自分は悪くない」の一点張りだったから解雇せざるを得なかったとある。

「クビかぁ」

残念な結論だったが、価値を共有できない人が社内にいても仕事はうまくいかないだろう。

●「鳴くまでまとう」ではなく、「鳴かせてみせる」でもなく、「殺してしまえ」がこのときのB社長の決断だった。

事件は現場で起きている。その現場はトップの思いで動いている。

まだ生々しくて咀嚼(そしゃく)できていないが、忘れられないこの夏の珍事であった。