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事件は現場で起きている

●ある夜、A社長と一緒にホテルのバーにいた。ブランデーにキューバ産の葉巻をくゆらせ、四方山話をしていた。するとAさんが突然、私を誘ってこう言った。

「そうだ、武沢君、かねてからあなたに会わせたいと思っていた経営者がいるんだ。今も仕事をしているはずだが、タクシーで10分ぐらいのところに彼が経営しているお店がある。そこで会ってみないか?」
「え、今からですか。面倒くさいですね。それに酔ってるし・・・」
「大丈夫だよ、彼のお店も飲み屋だから酔ってても失礼じゃない。彼の名前はB社長、この街の”キャバクラ王”の異名をもつ男だよ」
「え、”キャバクラ王”。ほんとうですか。じゃあ、ちょっとだけ」

●タクシーの後部座席でB社長に関するこんな話を聞かされた。

彼はまだ30代半ばながら、すでに10店舗近いキャバクラを経営している。以前はキャバクラ嬢を紹介する専門誌の記者として働いていたが、10年ほど前に独立して店をもち、どんどん大きくなっていった。業界の異端児といわれ、なかなか表には顔を出さない。外では腰が低いが社内では超ワンマンで信長のように畏敬されているらしい。

●「へぇ~信長のような男ですか」私はますます興味がわいてきた。

「なぜ彼の店は大きくなったのですか?他店とは何が違うのですか?彼のビジョンは何ですか?」と矢継ぎ早にAさんに質問を浴びせかけた。
「僕に聞かれても困るよ、でも興味あるでしょ。そう思ったから一席設けるんだよ」と自慢げに笑う。

●店の前に着いた。

待ち合わせ場所はそのキャバクラが入っているビルの入口だった。きっと近所の別のところで会うつもりのようだ。

だが、外で10分以上待ってもB社長が現れない。
「風邪ひいちゃいますから中で待ちましょうよ」と店内に入っていった。私が知りたい答は現場にあるはずだ。

・・・だが、現場で我々を待っていたのは「答え」ではなく「事件」だった。
ある意味、とても不幸な「事件」だったのだが、それは起こるべくして起こったことかもしれない。偶発ではなく必然の事件だったのだ。

そして幸運なことに、初対面ながらB社長と深いレベルで会話できたのは「事件」があったおかげでもある。
・・・

●我々が店内に入ろうとすると、すでに満席だった。

店内の様子はパーティションにさえぎられて何も見えないが、ものすごい活気だけは入り口のカウンターにも伝わってくる。

中の様子を見たくて、少し歩きかけたら黒服が制止した。忙しいせいなのか、それとも彼が個人的な問題でも抱えているのか知らないが、かなり苛立っているようだ。

●通路を歩きかけた私に向かって、「お客さん、さっきも言いましたが満席ですっ!ここでお待ちいただけませんか?」という。
眉間にしわを立て、あごをしゃくり気味にして私に注意した。

“態度悪いなぁ”と思ったが、私はつとめて冷静に、「あ、いいですよ、待ちますよ。でもその前にちょっとだけ店内の雰囲気を見させてくださいよ」
「ですから、それは困るんですっ」
「困るって何が?ちょっと店内を見てすぐにもどりますから」と私。
「ですから、困るんです」
「ですからって何がですからなの?」
「うちの決まりなんで」
「店内の雰囲気を見せないという決まり?あのね、今日は遊びだけが目的じゃなくて、おたくのB社長とこれからお会いするのよ。だから下見ぐらいはしておきたいわけ」
「はあ、下見?今日は遊んでいくのですか、いかないのですか?」
「まず店内をみて、それからB社長と相談して決めますよ」
「はあ?なにそれ、チッ!」(バサッ!とメニュー表を放り投げた音)
「そういう態度は失礼でしょ。こっちが無理を言っているのかもしれないが、そういうふて腐れた態度はないでしょ」
「・・・」
「きみ、名前は何て言うの?」

黒服は何も言わずに店内に立ち去った。

●他の黒服をみつけて「責任者を呼びなさい」とAさん。最初は静観していたが、かなり憤慨しているようだ。
「もういいですよ」とAさんの腕を引っぱって店の外へ出た。不愉快だ、もう帰る。こんな店がもし流行っているとしたら、それは一時的にすぎない。いつか馬脚をあらわすものだ。それがたまたま今日だったんだ、そう思った。

●外に出て少し冷静になったので、まずAさんに詫びた。
「すみませんでした。ご覧のとおりです。やっちゃいました。今さらBさんに会う必要なんかないでしょう、お互いに」
「う~ん、間が悪かったなぁ、じゃあ、今からB社長に電話して断りを入れるよ」

ちょうどそのタイミングでクラクションが鳴った。ふり向くと、高級車の運転席からオシャレな若者が降り立った。
「遅くなって申しわけございません」と深々とお辞儀している。彼がB社長だった。好青年のようである。帰るべきか、帰らざるべきか、A社長と目線で相談した。

<つづく>

※AさんもBさんもこのメルマガをお読みになっている可能性がありますので、多少アレンジしてあります。でも、90%実話です。