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すごい”三文文士”

●ある有名作家がこう述懐する。

夏は朝5時、冬は6時に起きる。起きたらまどろむ間もなくサッと起きて、正午までは一心不乱に執筆する。
昼食を済ませて午後からは、読書三昧。他にやることがないからひたすら興味のおもむくまま読書する。これだけ読書に時間を割けば、小説のネタに困ることはない。作家に豊富な人生経験など不要で、必要なのは読書だ。しかも雑学的知識である。
夜になると自然に眠くなるので、さっさと寝る。そんな生活を守っていれば誰だって三文文士程度にはなれる、と。

●その作家とは、浅田次郎氏。

昨日から読みはじめた『ハッピーリタイアメント』を読みながら著者の経歴をネットで調べてみたら、これがなかなか興味深い。

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浅田次郎(1951年12月13日 – )は、日本の小説家。本名、岩戸 康次郎(いわと こうじろう)。血液型はA型。
東京都中野区の旧士族の家に生まれ、駒場東邦中学校、中央大学杉並高等学校(5期生)を経て、自衛隊に入隊。
この動機は、憧れていた三島由紀夫の自殺が原因である。この点について当初エッセイでは否定していたが、後に事実であると告白している。
企業舎弟と呼ばれる暴力団の準構成員をしていたこともあり、ネズミ講などに関わっていたと浅田自身が認めている。また競馬で生活していた時期もあり、この方面に関するエッセイも多数ある。
婦人服販売会社を営む傍ら、1990年に週刊テーミス(現在休刊)に連載された『とられてたまるか!』でデビュー。
「小説の大衆食堂」を自称、「書くのは最大の道楽」と語り、作家生活14年以上、70冊を越える著書を書き上げた今日も執筆活動への意欲を見せている。(「ウィキペディア」より)
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●そんな浅田氏があるところでこんな興味深い原稿を書いている。

・・・私は、同業者には珍しい朝型人間である。この原稿を書いているのは午前六時三十分、ちなみに起床は冬ならば六時、夏は五時ときまっており、しかも起床と同時に完全覚醒するので、ただちに仕事にとりかかる。原稿執筆はほぼ午前中におえ、午後は読書三昧となる。

まさか齢を食ったからこうした時間割になったわけではない。若い時からずっとこの調子である。在校時にはしばしば遅刻をしたが、原因は朝寝坊であったためしがなく、 確信犯的に一時間目をパスしていた。そもそも私の体内には原始の仕組みが残っているらしい。陽が昇れば自然に目が覚め、覚めたとたんに脳味噌も筋肉も活動を開始するので、いわゆる「まどろみ」という時間を知らない。で、日没とともにはや眠気がさす。
国語の山崎先生もいまだに首をかしげておられるように、私には文学的才能などこれっぽっちもないのである。結果として小説家になったのは、才能でも努力でもなく、早寝早起きの賜物にちがいない。
つまりそれくらいこの習慣は威力を持っているのである。

午前中になすべき仕事をおえてしまえば、午後はヒマである。ヒマだから本でも読むほかないというのが真実で、何も仕事の延長として読書をしているわけではない。ヒマだから本を読むというのは、読書の王道と言える。この優雅なる読書タイムは一日に五時間か六時間、すなわち毎日一冊のペースが習慣となっていれば、仕入過剰の商店のようなもので、小説のネタに困ることなどはない。

実は小説家に人生経験など必要なく、勝負どころはひとえに読書量、それも雑学的知識なのである。ちなみにきのう読んだ本は、「十七世紀におけるフランス宮廷料理のレシピ」というわけのわからん代物で、ひどくつまらぬうえにやたらと難しかった。

同業者のほとんどは夜型である。稀に午後スタートの昼型もいるが、私のような朝型は聞いたためしがない。ということは実にここだけの話だが、前述の合理的理由により「まさに無人の野を往くが如き」観がある。ましてや後進の世代はさらに不摂生な輩なので、まったく怖るるに足らない。
(中略)
ともあれ早起きは三文の得。才能のかけらもなく、さしたる努力などしなくとも、早起きのならわしだけで三文文士ぐらいには誰でもなれるのである。
・・・

●この原稿の出典は氏の母校である。浅田氏が卒業した中央大学杉並高等学校のホームページから抜粋させていただいた。
→ http://homepage3.nifty.com/sanpookai/5kikai.htm

稀代のストーリーテラーが自らを「三文文士」と称するのは謙遜も過ぎる。今を代表する大衆小説作家である。ただし「文豪」という感じではない。
それは、浅田氏自身の経歴が他の文壇作家と比べて異質であり、しかも経営者出身であり、さらには、氏がお金の苦労をずっとしてきた点にあるのではないかと思う。だからどこか身近な存在に思える。

●そんな氏の最新刊『ハッピーリタイアメント』を中味も見ずに帯のコピーに惹かれて買った私。帯にはこんな言葉が踊っていた。

「最高の人生とは “たいそうな給料をもらい、テキトーに仕事をする”ことである。」

そんな下らない話、あるわけがない。だが浅田氏がそんな下らない話をどう小説にまとめるのかが気になるので買ってしまった。

今回も浅田氏と出版社の術中にはまったようである。

★『ハッピーリタイアメント』(浅田次郎著)
http://e-comon.co.jp/pv.php?lid=2322