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量刑の問題にあらず

●「よりによってコシヒカリか~」と社長の梅木はうめいた。社員が運転するレッカー車が脇見運転で田んぼに落ち、仰向けになった。
幸い社員にケガはなかったが、車本体から大量の油が田んぼに流出し、たくさんの稲がだめになった。
また、新車だと1,000万円以上するレッカー車(残存価格 600万)もダメージが大きく廃車処分となってしまった。

●田んぼに横転するレッカー車。せめてお百姓さんが来る前に少しは片づけておこうと社員が総出で車両を引き上げ、田んぼの見せかけをよくしようとがんばったが効果はなかった。
油が一面に流出し、完全に抜けるのに2~3年はかかることから百万円単位の弁償が発生することになった。よりによって、その田んぼだけがコシヒカリを作っていたのだった。

●「なんで田んぼに落ちた」と梅木。
運転していた社員は、「すいません、5秒ぐらいよそ見をしてました」という。携帯メールでも見ていたのだろう。

「ばかやろう、おまえの5秒の不注意が会社にいくらの損害を与えたかわかってるのか」

●どの程度のペナルティにするか、梅木は一晩考えた。
そして翌朝、社員を呼び出してこう告げた。

「会社としては全部で数百万の被害があるからせめてその半分とか三分の一でもお前に負担してもらいたい気持ちがある。だけど、お前は今年、所帯をもつ身でなにかと物入りだろう。だから今回にかぎり、罰金は一万円にする」

●社員はうつむきながら、
「わかりました。罰金の一万円は何年間払うのですか?」と聞いた。彼は分割払いだと思ったようだ。梅木が「一回だけだ」と言うと、社員は本当に愕いたような表情で「えっ、一回だけでいいんですか。本当に?」と念をおした。

●「そうだ、今回に限り一万円だけでいい。そのかわりこれは執行猶予みたいなもんや。次に安全運転を怠ったり会社に損害を与えたときには被害額の半分とか全額を請求することになると思う。だから気を引き締めて今後の業務にあたってほしい」

「はい、分かりました。申しわけありませんでした」

梅木は大甘ともいえる裁定をくだした。社員はよろこび、しばらくは発憤した。

●だがちょうど一週間たったある日、社長室から何げなく外の駐車場の様子を見ていたら、その社員が運転席の窓から顔を出して他の社員と会話しながら車を操縦している姿を見てしまった。しかも彼はニヤニヤ笑っている。

思わず駐車場まで走っていき、怒鳴った梅木。

●「武沢さん、喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、人によっては性懲りもなくおなじ過ちを続ける人がいる。そういう人間をどうやって矯正したらよいものだろうか?彼を大甘な処分にしたことが間違いだっただろうか?」と梅木。

●「ねばり強く指導するしかないでしょ」と武沢。

「よく忘れ物をする」程度の不注意さなら本人が痛い思いをするだけで済むが、不注意な運転をするという性癖は周囲を巻きこむ大問題につながる。

安全問題だけは口を酸っぱくして徹底的にやらないといけない。
本質は、社員への罰則が厳しいか甘いかという問題ではなく、安全運転教育は日ごろから厳しくやらなければならない、ということだろう。