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山森夕紀子の場合

●五年前、叔父が倒れ父があとを継いだ。エステシャンになりたくて東京でがんばっていた山森夕紀子(仮名)は、名古屋にいる父に呼び出された。
「すまんがうちの会社に入って手伝ってほしい」といわれた。丸一ヶ月悩んだ末、父が経営する大名古屋印刷株式会社に入社する決心をした。

●彼女が配属されたのは営業部。営業とはいっても長年の大口客二社を担当し、お守りをするのが夕紀子の仕事だった。印刷の「い」の字も知らなかった夕紀子は客先に迷惑をかけないよう必死になって印刷を勉強した。やがて客先からも可愛がられる存在になっていった。

●好事魔多し。
パソコンとネットの普及で年々減っていく印刷の仕事。そんな中でも夕紀子はがんばって売上げを維持していた。だが、二年前に今度は父が急逝してしまった。

●ショックと悲しみに沈む間もなく夕紀子は自然の流れで三代目社長に就任した。大好きだった叔父も父もいない。頼れるのはベテランの社員たちと自分自身だけ。背水の陣を敷こうと夕紀子は交際していた彼と別れる決心をした。その時すでに33才になっていたので、結婚できないかもしれないという一大決心でもあった。だから是が非でも会社を成功させたい。

●だがじりじり減る売上げ。財務体質が良好なので資金繰りにはまだ余力があるとは言え、次の成長の絵を描くことができない。
こういう考え方で会社を浮揚させるという骨太な方針が示せないまま夕紀子社長体制で二年が過ぎた。

●三年目に入った今期、夕紀子は経営講座を受講した。講師の武沢に「あなたの経営理念を見せてください」といわれ、思いきって見せた。
それにはこう書いてあった。

・私たちは社員の幸せを願います
・私たちはお客さんの情報発信を支援する会社です
・私たちは地域社会にも貢献する会社です

●「あなた自身、この理念をどう思いますか」と聞かれ夕紀子は、「まだモヤモヤしています。全然しっくりきていません」と答えた。
すると武沢は、「そうですか。じゃあ作り直してください」とだけ言って向こうへ行こうとする。
「あ、武沢さんちょっと待ってください。よい理念を作ろうと気持ちばかり前に出て、頭のなかがぐちゃぐちゃになっています。この先、どうやって整理してゆけばよいですか?」と質問した夕紀子。

●武沢は夕紀子の作業用ノートやメモの様子を見てからこう言った。
「あなたの頭はまだぐちゃぐちゃになっていません。むしろアイデアが乏しすぎて思考停止になっているような気がします。いまのあなたに必要なのは圧倒的多数の選択肢です。まず自社の経営理念を百パターン作ってみてください。作業の途中であれこれ考えず、とにかく百個の理念を作ってみてください」

●「百パターンの理念ですか」と当惑しながらも夕紀子はやってみることにした。ありとあらゆる業種業態の理念事例を参考にしながら、それをアレンジして自社のものを次々に考えていった。

●それから半日後、山森夕紀子の経営理念は産みの苦しみでもがいていた。

「私たちは、良質なコンテンツを発信しお客様のニーズや課題の解決に貢献することで社員の物心両面の幸せを追求し、地域社会からも必要とされる会社です」

●前日までとはかなり変わっていた。
だが夕紀子はまだ納得していない。それに夕紀子は疲労がにじみ出て行き詰まっているのが分かった。
ホワイトボードでアイデアを整理しながら、キーワードを抽出し大名古屋印刷の立ち位置や役割を確認した。

●武沢は答えにくい質問を連発した。それに対して夕紀子は根気強く回答していった。

・そもそも印刷業とは何ですか?
・印刷業を通してお客のどんな欲求ニーズを満たしているのですか?
・IT時代の今、印刷業のあり方はどのように変化していきますか?
・社員の仕事ぶりはどのように変わっていきますか?
・大名古屋印刷の仕事の本質を手短にいうと何になりますか?
・叔父や父が「一業種一社」にこだわった理由は何ですか?

●そうしたやりとりがあった後、ニワトリがスポンと卵を産み落とすように次の経営理念が生まれた。

「私たちはお客様の想いを形にします。私たちはお客様の想いを形にする専門企業として、効果的な情報発信を支援します。私たち社員は、お客様の想いを形にするプロフェッショナルとして成長しつづけます。私たちはお客様の想いを形にすることで成長発展し、地域社会や業界から愛される集団になります」

●まるで子どものような笑顔で「できた、先生。できた。できました、武沢さん。ついにできました」と喜ぶ夕紀子。

すかさず武沢が聞く。
「この経営理念は、叔父さんやお父さんも納得するものですか?」すると今度は口を手で押さえ、顔がくしゃくしゃになった。
涙ぐんでいる。
ま、泣くことはありませんよ。あとはこの理念をどう具体的にしていくか、こっちの書式で考えましょう。と武沢は冷静に指示した。

●閉会の時間が来た。ひとりひとり合宿の成果と積み残した課題を発表する。

夕紀子の番が来た。
「私は今回の合宿では何といっても自慢できる理念が作れたことが最大の収穫です」と挨拶をはじめた。
「ここまで来るのに二年かかっちゃいました。」と言ったきり何も言わない。進行役の武沢が、「がんばれ山森!」と促す。
「はい」と言ったあと夕紀子は涙を流しながら続きを話しはじめた。

●夕紀子の話を聞いていた武沢は、自分が「がんばれ社長!」という言葉にであったことを思い出した。
夕紀子にとっての「私たちはお客様の想いを形にします」という言葉は、私にとっての「がんばれ社長!」と同じだと思った。
聖書に「初めに言葉ありき」と言うように言葉は言霊であり、人を変える力をもつ。夕紀子も大きく変わると思うと私も泣けてきた。

●夕紀子のスピーチが終わり次のスピーカーが前に登場しているが、進行役の私は何も言えず、ハンカチで目を押さえていることしかできなかった。次のスピーカーはまるで何もなかったかのように冷静に自分のプレゼンをしてくれたが、そのスピーカーの声までもがなにかで奮えているように聞こえた。