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続続・クニマツ総業の挑戦

※このショートストーリーは実話に基づくフィクションです。
以下、過去二回のあらすじ。
建物解体の「株式会社クニマツ総業」(社員17名、国松実社長、46才)には11個の掟があった。その中のひとつに、『クニマツをトップにする会』(毎週開催)に全霊を込めて参加すべし!というものがあった。

社長の国松が口を酸っぱくして言い続けてきたことは、「1,000、30、10」(セン、サンジュウ、ジュウ)という呪文のような数字。
それは、社員一人あたりの年間粗利益の目標額1,000万円と、会社の目標粗利益率と、売上高に占める営業利益率を指す数字であった。

そんなクニマツ総業にある日、主力客「上ノ澤組」から一通のメールが舞い込んだ。それは、15%の値下げ要求であった。
さっそく中堅ゼネコン「上ノ澤組」の業務部長・田中恭二郎(47)に会いに行った国松。
田中の前で「おかしいですよ、やっぱり。部長、やり方がおかしいと思います」と熱弁を振るうが「上ノ澤組」の方針が変わることはないと国松は分かっていた。
賢明な経営努力をして発注者の期待に応えようと努力しているクニマツの姿勢を分かってもらえればそれで充分だと考えていたのだ。

◆その夜、クニマツ総業では『トップにする会』が開かれた。
国松は社員の前で新しい号令を発した。
それは、「コストダウンにはコストダウンで対応する」という決意だった。

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(以下、本日号)

●「コストダウンにはコストダウン?」
首をかしげながら次のことばを待つ社員。少し間をおいて国松はふたたび話しはじめた。

「上ノ澤組の単価が15%下がっても『1000、30、10』は絶対死守する。世間が不況だからといって、うちもそれに巻きこまれるつもりはない。客先のコストダウンにはうちもコストダウンで対応したい。どうしたらこれからも『1000、30、10』が達成できるか、そのための方法を今からみんなで話し合ってくれ。しばらくオレは向こうの椅子に座って黙って聞いてるから、進行役は丸山部長にやってもらう。じゃあ丸山君、頼む!」

●丸山部長はまず全員に名刺サイズのメモ用紙をくばった。

そして、「一枚のメモにひとつのことを書くように。今から3分間でアイデアをどれだけ書けるかが勝負だ。普段から思っている問題意識をこの際、洗いざらいぶつけてみてくれ」

●3分後、一人ずつ順番にアイデアを発表した。発表が済んだメモはテーブルの中央に集められていった。あとからカテゴリー分けするつもりのようだ。

A「えっと、僕は新聞代をカットすればよいと思います。とくに業界新聞は誰も読んでいないので無駄だと思います」
B「おれは、高速代を減らせるはずだと思うなあ。その分少しでも早く出発すれば、到着時間なんてそんなに変わらないのだし。この前の長野の現場なんか・・・」
丸山「悪いが、まずは読んでくれるだけでいい。どうしても補足説明がいるのなら、一通り発表が済んでからにしてもらいたい」
C「昼間から蛍光灯がこうこうと点いてるけど、夜だけにしたらいいんじゃないかと思う。間引きしてもいいし」
D「社内に結構読んでない本が積んであるんで、ブックオフでそれを売ってお金にしたらいい」

●そのあたりから国松はあきらかにイライラし始めていた。

E「A君はさっき新聞代を減らすって言ってたけど、僕が思うに定期購読誌の方がムダが多いんじゃないかと思う。誰も読んでない号もあるんじゃないのかなあ」
F「社長がいる前で言いにくいけど、新幹線代とかホテル代とかも、もっと安くできる前売りチケットとかあるし、ネットや携帯なら割引クーポンとかもあるんで、それらをもっと活用すべきでしょう」
G「おれもちょっとそれに似てるけど、飲み会でよく使うあのお店もたしか携帯クーポンを発行してたはずなので・・・」

と発表している最中に奥で聞いていた国松はキレてしまった。

●「お前ら!バカか」と一括し、こう続けた。

「この会は小集団活動じゃあねえ。大のオトナが雁首そろえて何やってんだ。おい、丸山、この会の主旨をよく思い出せ」

「この会は、え~、『クニマツをトップにする会』です」
「だろ、だったらそのつもりで進行してみろよ」
「そのつもり、と言われましても」
「トップにするつもりで本気で進行するんだよ。そうすりゃ、部下に何を期待しなきゃならないか分かってくるだろう」
「・・・・」
「わからんのか?」
「・・・、申し訳ないですが、思いつきません」
「っち、しようがねえなぁ、今日もオレが進行役か」

●国松は黒板に絵を描いた。

それは、マトリックス会計の絵だった。

P=V+M(価格=変動単価+粗利益単価)
PQ=VQ+MQ(売上=変動費+粗利益)
MQ-F=G(粗利益-固定費=営業利益)

それを図にするとこんな感じになった。
http://www.its-mx.co.jp/mxkaikei/a7_1.php

●そして国松は言った。

みんなが考えていることは、F(固定費)を下げてG(営業利益)をひねり出すこと。
つまり『1000、30、10』のうち「10」を確保するための作戦だけを考えているわけだ。
そんな作戦をどれだけ展開したところで、一人あたり粗利益1000万円にはならないし、粗利益率30%の達成にはなんら貢献しない。
大切なことは、MQ(粗利益)の額と率をどうやって確保するかということだ。わかるか?

●みんなの顔をみると、社員はあまりわかっていないようだった。ナンバー2の丸山だってどの程度理解しているか。

「言葉を変えて説明するぞ、よく聞け。ここんとこ分からんようじゃ、ビジネスできんし、出世もできん。ということは給料も上がらんぞ。そんなオヤジじゃ、せがれもむすめも、かみさんも付いてこんぞ。彼女からも愛想つかされるぞ。だから、頭によ~くたたきこんどけ」

ここで30分ほど時間をかけてマトリックス会計の説明をした。そのおかげで社員はおおむね、この図式の構造を頭にたたきこむことができたようだ。

●国松は言う。

「以上のことを前提にして、もう一回聞く。一部の客先の値下げ要求をうちが飲みながらも、『1000、30、10』を達成するために、おれたちがやらなきゃならんことは何か?改めてアイデアをメモに書き出してみてくれ」

●その後、社員から出てきたアイデアは一部上場企業の幹部達が出すアイデアと比べても遜色ないものになった。

・MQ率(粗利益率)を上げるためにはVQ率(変動費率、原価率)を下げましょう。当社にとっての原価とは、一部、下請け業者も使ってはいるが、大半は社員の労務費。
ということは、社員の給料を引き下げるか、もしくは社員の作業効率をあげることで原価の低減になる。
俺たちの給料は下げて欲しくないので、作業時間を短縮する方法を開発する必要がある。
また、すべての客先の単価が15%ダウンになってもあわてないように、作業時間の15%以上削減を目指した工程計画を組む。
そのためのきめ細かい行程管理や作業方法を一ヶ月以内に完成させる。

・「上ノ澤組」を切る。
信頼に足る客先とは思えない。切らないまでも、その比率を落とし、他の客先を伸ばすか、新たな客先を開拓する。

・別事業をのばし、本業の不足を補う
古物商の資格があるので、そちらの仕事を伸ばすか、それ以外の関連業務を柱に育てていく。

・同時並行で「F」(固定費)削減する。優先順位を決めて効果的なものから実行に移す。

●以上のことが決定し、マンダラチャートに整理した。
出力したA4のプリントをキンコーズに持参し、ポスターサイズに拡大コピーして事務所の壁に「見える化」したクニマツの面々。

業界トップを目指し、地域トップを目指し、『1000、30、10』の安定実現に向けて彼らの挑戦に終わりはない。