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教育勅語

●ある年配経営者A会長(80才)と会食した。

氏の戦前、戦中、戦後のお話はとても貴重なもので、まるで父親から体験談を聞かされている気分になった。
苦学生のころは、空腹を我慢して本を買ったこともしばしばだという。
空腹は水でごまかせるが、活字に対する飢えは他ごとでごまかせなかった。
家にあった古新聞や教育勅語をプリントした紙などもすりきれるくらい読んだ。裕福な家庭の子どもが持っていた「講談社倶楽部」や「少年倶楽部」「キング」などを借りたときは、ごちそうのビフテキを前にしたような気分になれたと語るAさん。

●そのAさんが最も情熱的に語ってくれたのは「教育勅語を復活すべし」という話題。

「今の時代にあわせた第二教育勅語を制定すべし」という。そのような議論は国内でも長年くすぶり続けているが、私はそもそも教育勅語の全文をよく知らないし、それがなぜ廃止され、なぜ復活待望論があるのかもよく知らなかった。

●そこでネットで検索してみると、いろんなことがわかってきた。
教育勅語とは、明治23年に公布されたもので、国民の培うべき徳行を説いたものである。

まず、「朕惟フニ(ちん おもうに)」から始まる明治の文語体の文章を現代訳で知りたいと思い、こちらのサイトから引用させていただくことにした。
( http://kan-chan.stbbs.net/docs/chokugo.html )

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「教育勅語」

私の思い起こすことには、我が皇室の祖先たちが国を御始めになったのは遙か遠き昔のことで、そこに御築きになった徳は深く厚きものでした。我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそ我が国体の誉れであり、教育の根本もまたその中にあります。

あなた方臣民よ、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い、もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕え、このようにして天下に比類なき皇国の繁栄に尽くしていくべきです。これらは、ただあなた方が我が忠実で良き臣民であるというだけのことではなく、あなた方の祖先の遺(のこ)した良き伝統を反映していくものでもあります。

このような道は実に、我が皇室の祖先の御遺(のこ)しになった教訓であり、子孫臣民の共に守らねばならないもので、昔も今も変わらず、国内だけでなく外国においても間違いなき道です。私はあなた方臣民と共にこれらを心に銘記し守っていきますし、皆一致してその徳の道を歩んでいくことを希(こいねが)っています。

明治二十三年十月三十日
(天皇陛下の署名と印)

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●この教育勅語は昭和23年6月に、衆参両院で排除・失効が決議された。
つまり、「もう使いません」ということをわざわざ国会で決めたことになる。

その理由は、教育勅語が軍国主義の教典のように使われていったことを問題視したGHQと一部の日本人が廃止運動したことによるものとされている。

●教育勅語に代わるものとして日本政府は、昭和22年に教育基本法を制定し、平成18年12月にはそれを全面改定している。
それがこちら。→ http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO120.html

●私は企業においても「教育勅語」や「教育基本法」の制定が望まれるのではないかと思う。

・我社でどのような人材を求めているのか
・なぜそのような人材を求めるのか
・どのような計画でそうした人材を育てていくのか

などを明文化するのだ。これは人事担当役員の仕事だろうが、中小企業なら社長がやるべきだろう。

●業績が悪化したらまっさきに減らされるのが広告宣伝費と研修教育費といわれるが、業績や気分によって人材育成がゆがめられてはいけない。
経営理念を実現するのは「人」である。「人」を作ることは理念を実現させるための王道である。

●毎年の経営計画のなかに「人材育成の方針」を掲げると思うが、そもそも人材育成の方針が毎年変わるのもおかしな話。

何年間も変える必要がないような「我社の教育勅語」「我社の教育基本法」を制定し、国家百年の計で人材育成に取り組めるようにしていこう。