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続・熱海会談

●270名の「熱海会談」は幸之助の予期せぬ展開になっていた。

厳しい会議なるだろうとは覚悟していたが、ここまで荒れた会議になろうとは…。
二日目にはついに幸之助も負けず嫌いな本性をあらわにしてこう言った。
「赤字の原因は、社長、あなたですよ。本当のご苦労というものをされましたか?どうしようもならんほど追い込まれて、にっちもさっちもならん、小便から血が出る苦しみをされたことがありますか?私はいままでに3回も4回もそんな経験をしている。それが社長というものやと思います。それほどのご苦労をあなたがたはなさいましたか?その上で先ほどのような発言をされているのですか?」

●これは私心があっての発言ではなく、本心だった。

社長とは、誰よりも自社の結果に責任をもつ人であり、赤字の原因を他人のせいにすることはできない。それが幸之助の持論だった。
その本心を申し述べたまでだが、このタイミングでそれを言うのは松下電器も逃げていると思われかねなかった。

●二日目の夜、幸之助はひとり悶々と考え抜いた。

上に立つ物としてだんだん自分のことを分かってくれる人はいなくなる。皆が奉ってくれるし、かつての友人が皆、家来になっていく。
そんな幸之助に対して、誰も本当のことを言ってくれない。自分は言わざる声を聞き、それに処していかねばならない。

幸之助はひとり自室のソファーで眠れぬ夜をすごした。

●三日目の朝、事態は急変した。真打ち幸之助登壇。
大見得を切った!

ざわつく場内。幸之助は舞台中央に進み出、昨日までとは打って変わって神妙な面持ちで深々と頭をさげた。

小さい声で話し出す。

「こんにち、代理店の皆さんに直接、いろいろな問題や悩みをおかけしているということは、私どもの信念の乏しいことと考えの至らんところが大部分の原因となって生まれてきていると思うんであります」

と言いだした。昨日と様子がちがう。

●つい昨日までは、「社長、赤字の責任はあなたですよ」と社長の姿勢をきびしく説いた幸之助が前言を撤回。
赤字の責任は松下電器と松下幸之助にあると認めた。場内は一瞬にして静まりかえった。

「昨日は、はなはだ僭越なことを申し上げたようではございますが、これは、私は私心を持たずして本当に立場立場に立つ人として、そうありたいものだという一端を皆さんにもらしたわけでございます」

と言いすぎたことをすなおに詫びている。

●「こと仕事に関しましては大部分が私どもに原因があるように思います。人に喜んで拍手して売ってもらうような品物を、また喜んで販売してもらうような販売制度の上に乗せまして、そして皆様に活動の喜びとでも申しますか、そういうものを多少なりとも味わっていただくということに致したい。それが出来ないようであれば、松下電器は今後、仕事を増大する必要はなかろうと思うんであります」

このままでは松下電器が存在する意味がない、とまで認めた幸之助。

●「いろいろお詫び申し上げますが、本当に皆さんの窮状と申しますか、そういうものが分かりました。経営の困難も分かりましたし、業界が荒れに荒れているということも分かりました。今日まで蓄えてきました松下電器の力をば本当に適切に行使いたしまして、やれるだけいっぺんやってみたいと思います」

このあたりから幸之助、感極まってくる。話すスピードが遅くなり、あきらかに感情が高まってきた。

●「そのやってみたいことといいますのは、販売の面でも製造の面でも、業界に対する面にも社員を訓育する面にも、いろいろ表れてくるもんだと思います。こなければ申し訳ないと思います」

●声がふるえ、涙をこらえながら

「誓ってやってみることを申し上げまして、こんにちお集まり頂きましたことに対する心からのお礼を申し上げる次第でございます。どうも・・ありがとうございました・・」

●全員が泣いた。しばらく、ほんとうに、しばらく間があってからようやく場内に拍手がおこり、やがて万雷の拍手になった。
参加者にとって、生涯でこれほどの感動はなかった。

この時のことを思い出すと今でも幸之助の姿勢と言葉に感銘し、泣く社長が全国にたくさんいる。

●翌月、幸之助は会長のままで営業本部長に就任。事態打開の陣頭指揮をとった。販売体制を抜本から見直し、簡素な販売システムに変えるなど矢継ぎ早に手を打った。
会議で出された指摘をすべて受け入れ、改革した。

●一年後、空前の利益をあげた。