未分類

熱海会談


※<お断り>

今日の「熱海会談」は実話です。以下の原稿は、NHKエンタープライズ/日経BP社発行のDVD 「ザ・メッセージ」を素材にして、私の創作も交えて書きます。従って事実に反する描写が含まれていることをご了承ください。

●社長は役者でなければならないと思う。社員からみて、社長の喜怒哀楽を観察することは本能的な事と言ってよい。ましてや尊敬している社長、好きな社長であればなおさら喜怒哀楽に興味がある。

社長は社員から見られている。思った以上に見られている。
何に喜び、何に怒り、何に哀しみ、何に笑うかということを特に見られているので、常日ごろからその自覚をもとう。

●歌舞伎役者のように振る舞う必要はないが、多少は大げさに感情表現をしたほうがよいと思う。どうせ役者をするならば、大根役者より名役者をめざしたいもの。
ここに一つ、名役者の名演技をご紹介したい。

●今から44年前の昭和39年7月、場所は熱海。

ニューフジヤホテルに集まった松下幸之助以下松下電器全役員。それに200名を超える松下製品の販売店・代理店の社長たち。総勢270名でいまから前代未聞の大会議を行おうとしていた。

●すでにこの時期、松下幸之助は会長職にある。立志伝中の人物として神話化されつつある経営者だった。
だが家電業界は五輪特需が終わり、過熱投資や過当競争の影響でダンピングが行われ、経営環境はかつてないほど悪化していた。
この年、松下電器も創業以来はじめての減収・減益を経験した。集まった販売店もなんと9割が赤字という大苦境だった。

●会議の冒頭、69才の幸之助はこう切り出した。

「これは秘密会談です。一応の結論がでるまで、何日かけてでも存分に話し合いましょう」

「結論がでるまで何日も・・・」場内は騒然とした。
この会議はオチが決まっているセレモニーのような会議ではない。270名一人ひとりが、この深刻な事態を打開する鍵をにぎっている。
あなたが当事者なんだ、と幸之助は告げたのである。

●いっせいに代理店・販社の社長が発言をもとめた。皆、口々に窮状を訴えた。
ひどいのになると、「我々の敵は東芝や日立ではなく松下電器だ」と言う意見まで出た。

●幸之助は要所をメモしながら、壇上に一人立ち続け、じっと聞いた。
業界は荒れに荒れ、販売店や代理店の経営もひどい惨状にあることを幸之助は理解した。

●松下電器や幸之助に向かい、「赤字はあんたらのせいや!」「松下電器だけがダメなんや、東芝や日立はもっとマシや!」「殿様商売しとるなよ!」「この赤字をどうしてくれるんや!」と批判が止まらない。
群衆心理も働いたのか、ふだんは幸之助を神のようにあがめている代理店社長まで “松下はん” よばわりした。

●今まで松下のおかげで順風満帆でやってきた販社・代理店が、一転して赤字になると責任をなすりつけてきた。
こんな会議になるとは・・・、幸之助も当惑した。

●二日目に入ってついに幸之助は堪忍袋の緒が切れた。反撃に出た。
赤字の責任を他人のせいにする社長たちの姿勢を厳しく非難したのだ。

幸之助いわく、「赤字の原因は、社長、あなたですよ」から始まる。

「社長、本当のご苦労というものをされましたか?どうしようもならんほど追い込まれて、にっちもさっちもならん、小便から血が出る苦しみをされたことがありますか?私はいままでに3回も4回もそんな経験をしている。それが社長というものやと思います。それほどのご苦労をあなたがたはなさいましたか?その上で先ほどのような発言をされているのですか?」

●場内は静まりかえった。たしかにその通りだった。幸之助にそう言われれば黙るしかない。
だが、それで「ああ、そうですね」と引き下がり、会議を集結させるつもりもない。
結局、事態打開の糸口すら見えないまま両者物別れで二日目が終わった。

●閉会後、誰もいなくなった会議室のテーブルには、初日、受付で配布した『共存共栄』の幸之助手書きの色紙が何枚か放置されていた。

手詰まりだ、進退窮まった感があった。

そして三日目、事態は急変する。

名優・幸之助の面目躍如。渾身の大見得を切る。

<明日につづく>