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司馬さんの話題

●高二の息子が「どうも目がおかしい」というので眼科で見てもらったところ、「ヒブンショウだ」といわれた。
その報に接した私は、勝手に重い難病だとおもいひどくあせった。

自宅にもどって息子から「飛蚊症」(ひぶんしょう)の説明書きを渡された。目の中にいつも蚊がいるような状態らしい。
油断はできないが、それほどの難病でもないとわかり、とりあえず安堵した。

●司馬遼太郎も飛蚊症だったらしく、目のなかに数十匹の蚊を飼っていたといわれる。軍隊の演習で、その蚊めがけて戦車砲をぶっとばし、上官にひどくなぐられた。

息子に向かって「司馬遼太郎と同じだぞ」と励ましたが、ピンと来ていない様子だった。
さて今日はそんな「飛蚊症」の話題ではなく、司馬さんの話をしてみたい。

●小説家になろうと思ったら小さいころから小説を読みふけり、好きな作家のひとりやふたりいるもの。しかも自分の人生に大きな影響を与えた作品も何冊かあるもの、それが作家として当然のことだと思っていたら、司馬さんの場合、必ずしもそうでないらしい。

●『司馬遼太郎の世界』(文藝春秋編)にこんな一文を見つけてしまった。

・・・おかしなことですけれども、小説好きの少年期を送っていながら、好きな作家や熟読した作品というものがありませんでした。
ある時、開きなおってしまって、好きな作家があれば小説などという面倒なものを書かなくても読み手にまわればいいので、わざわざ小説を書くのは、自分が最初の読者になるためのものだ、小説を書く目的はそれだけに尽きる、とおもうようになりました。このことは、いまでも変わりません。自分が読みたいものを書く、つまり自分に似た精神体質の人が、一億人の日本語人口のなかに二、三千人はいるだろう、自分およびその人たちを読者にしていけばいい、それ以外の読者を考えない、と思い、そこからハミ出すまいとおもっています。もっとも、べつに道楽がありませんからね、小説を書くことが趣味だとおもうように自分に言いきかせていました。
・・・

●司馬遼太郎が書いた本はけた違いによく売れる。
単行本と文庫本あわせて一億五千万部以上売れたというが、いまだに売れている。
「一億人の日本語人口のなかに二、三千人はいるだろう」なんてものじゃない。国民全員が一人一冊以上買ったことになる。

想像するに、印税だけで軽く100億は突破しただろう。それ以外に映画やドラマの版権などが加わるので膨大なことになる。それをたった一人で、しかもデビュー後40年でやってのけたわけだからすごい。

●それはひとえに司馬さんの作品が面白いからだが、その舞台裏にある司馬さんの資料・史料集めに関する貪欲さを見逃してはならないだろう。

●たった一枚の資料、一冊の古書、一行の新聞記事、それを探すために司馬さんは格闘する。あらゆる労力、時間、お金を惜しまない。

史料あつめに関するエピソードや逸話は、ウワサも交えて大変面白いものがある。その一つに、司馬さんは史料集めのために古本屋の在庫を丸ごと全部買っちゃったというウワサがある。しかも一度ならず二度も。それが何万冊なのか、何十万冊なのかは知らないが、その中に一点でもA級の史料があれば、傑作や名作になって充分採算がとれるからだろう。

●たまに、短編小説の場合は史料代のほうが高くついて「商売でいえば、モトを切ったこともある」らしい。だがそんなことよりも史料のコレクターではないから、そうした本を「読みちらして赤エンピツで線をひいてさんざんな目にあわせてしまう」のが悦楽だそうだ。

●こうした司馬さんの史料収集に関する話題は出版界でのウワサと言うより常識に近い話題らしい。
集めた史料をどうするか。司馬さんはこう語る。

「史料を読んで読んで読み尽くして、その後に一滴二滴出る透明な滴(しずく)を書くのです」

●司馬さん担当の編集者はこう語る。

「司馬さんが史料を読んでおられるところを偶然、かたわらで拝見する機会があったのですが、私がコーヒー一杯飲む間に司馬先生は250ページか300ページの単行本三冊を全部読み終わったんです」。

あとで史料の読み方を質問すると司馬さんは、「開けて見ていると自分が調べたいところに神経が動くんだ」と。
目的をもった読書とはこういうものかと教えられる。

●「死せる諸葛(孔明) 生ける仲達を走らす」という三国志の有名な言葉があるが、まさしく「死せる司馬さん 今も読者を走らせる」。