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臆病者の冒険人生

●人前に出て話しをするのが苦手だから練習するし、準備する。だから上達し、人の心を打つ話しができるようになる。
同様に、怖いから準備する。死にたくないから、死なずに済むような準備をする。そんな冒険家がいた。

●絶対成功すると思えるようになるまでは決して行動しない。だから彼は世界一の冒険家、探検家になれた。
もちろん冒険なんだから「絶対」などはあり得ないのは判っている。
でも、可能な限り不確定要素を排除する準備をする。
もし彼がいつでも命を捨てる覚悟がある剛胆な人間だったら、もっと早く死んでいたか、怖くなって冒険人生など途中でやめてしまったことだろう。

「僕は怖いんです」とテレビでも告白した男・植村直己。

●氏の偉業は前人未到と言われる。天下無双とも言われた真の探検家がなぜ臆病なのか。
まずはその前に植村直己を確認しておこう。

29才で世界初となる五大陸最高峰登頂に成功し、37才で犬ゾリ単独行で北極点到達。同年、犬ゾリ単独行でグリーンランド縦断に成功し、43才でマッキンリー厳冬期単独登頂に成功。
国民栄誉賞まで受けた日本が世界に誇る探検家・植村直己。

●彼がこんなことを語っている。

「出発するとすぐ、帰ることばかり考えるんですよね。毎日先に進みながら、いかにして先に進むかじゃなくて、いかにして引き返すかっていうことばかり考えてるんです。それがある一定のところまで進むと、もう引き返しのきかない状況までくるわけです。そこで初めて、先に進むことだけしか考えなくなるんです」

●いつも前人未踏の地に単独でおもむいてきた植村だが、彼はテレビの対談で「探検家にとって一番大切なのは安全を確保することだ」と非常に逆説的なことを語っている。

ヒラリー氏(エベレスト初制覇)とNHKで対談した際、ヒラリー氏が「冒険は時に命をかけた挑戦がなくてはならないものだ」と語った。
ところがヒラリー氏のはるか後輩である植村は、即座に異論を唱える。

●「ヒラリーさんのように思いたいのはやまやまですが、現代の冒険とは、まず生きて帰ることがすべての前提であって、まず無事に戻れるという条件のなかで、何か新しいことをやってみたいと私は思っている」と持論の違いをみせた。
ニュージーランドの紙幣にまで印刷され、89才の長寿をまっとうし、国葬までされたヒラリー氏相手に堂々たる持論開陳である。

●そんな植村の臆病な性格は子供のころからのものらしい。

成績も平凡でクラスの中でも目立たない地味な存在だったという植村。
数々の冒険の成功だけを見ていると、大胆な男かと思われるだろうが、自他共にみとめる臆病な性格で、十分な計画と準備を経て必ず成功する目論みが固まるまでは決して実行しなかった。

●それだけではない。
人前で話すのは大の苦手で、資金集めのための講演会や記者会見で話をするときには、まず気持ちを鎮め、深呼吸をしばらくして心を落ち着けなければ声を発しなかった。
しかし、口下手ながらも彼が思いを述べはじめると、訥々ながらも相手の胸を強く打った。

勇猛果敢ではなく、臆病な探検家だったからこそ前人未踏の偉業を成し遂げたのだろう。

我が性格の弱点を逆手にとる、これぞ達人の極意と言えよう。