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心配が尽きない夫婦


●某月某日、某所。
ある経営者団体での講演のあと、予定の電車まで多少時間が空いた。
「どうしたもんかな」と思っていると、声を掛けられた。

「武沢先生、よろしければ駅までお送りしがてら、うちのお店に寄ってもらえないでしょうか。豆腐屋をやってます。うちの自慢の出来たて豆腐と特製がんもどきを是非とも召し上がっていただきたい」と請われ、豆腐好きゆえに快諾した。

●この豆腐店ではご主人(社長)も奥さん(専務)もメルマガ読者だという。
さっそくお店に案内され、店内で湯葉豆腐や厚揚げ、特製がんもどき、汲み上げ豆腐、絞りたて豆乳などに舌鼓を打った。

「こっれはウマイ!いやぁ、ご主人、至福のひとときです」

と私が感激している傍らで社長夫妻は浮かない顔をしている。どうしたんだろうと思っていると、奥さんが重い口を開いた。

●「先生のお子さんはその後、アメリカへ行ったきりですか?」
「えっ?あ、うちの長女のことですか。ブログをご覧になったのですね。そうなんです、シアトルへ行ったきりですね。一年ちょっとになりますか」
「女のお子さんですから何かと心配ですよねぇ」
「いえ、全然。心配してませんよ。ビザも取って元気でやってるみたいですしね」
「アメリカまで様子を見に行かれないのですか」
「会いに行ってもしようがないでしょ。行きたくて飛び出したわけですから」
「そんなものですかね、男親ですからね、先生は。きっと奥さまはすごく心配なさってると思いますよ」
「そうかなぁ、そんな様子はないけど。ま、その話題はこの辺で」

●今度はご主人が浮かぬ顔で別のことを言いだした。

「先生、テレビなどを見ていると、この秋以降に景気がさらに悪くなると聞きました。ガソリン代も200円を超えるのは時間の問題だとも。この先、日本と世界の景気はいったいどうなっちゃうのでしょうか。うちは今でさえギリギリなのに、もし、もっと悪くなるとしたら、とてもやってゆけない。先生は景気の先行きをどのようにお考えでしょうか」と苦渋の顔。

●「さあねぇ、私も分かりません。と言うよりそんなこと気にしてどうするんですか。諸行無常、この世のすべてのものがうつろい行きます。それをピンチだと思うか、チャンスだと思うかはその人次第だし、見る角度でどうにでも変わります。
そもそもこの世の実体はすべて『空』(くう)で、関わり合いによって決まっていくわけですから、与えられた状況に淡々と対応していくだけでしょう。景気の先行きやガソリンの値段などを自分一人で心配してもどうにもならない。そんなことを思いわずらうのはやめましょうよ。それより、いつまでもお客さんに喜ばれるお店であり続けるように日々最善を尽くすことが大事でしょう。そのための目標と計画を作るのが先ほどの講演でお話しした『経営マニフェスト』なんですから」

●「なるほど~」とご夫妻。

よほど心配性の二人なのか、今度は奥さんがまた子どもの話題に触れた。

「実はうちの一人息子が今年25になるんですけど、世間でいうニートというのか、フリーターというのか知りませんが、ずっと家にいるんですよ。お店も手伝わないで一日中部屋でゲームとかパソコンとかやって、時々お友だちと外へ出て行くくらい。何を考えているのやら、先生に叱ってやってもらいたいぐらいなんですけど、あまり親がガミガミ言うと最近の物騒な事件みたいに逆ギレされるんじゃないかって、夫婦で子どもに遠慮してるんですよ、どうしたものでしょうか」

●「25才まで立派に育ててこられたわけですから、そろそろ親の役割も変わっていかねば。彼を子ども扱いするのをやめて、一人前の大人として扱ってあげたらいかがですか」と私。
「どうすればいいんですか?」
「家を追い出すんです。これから先は自分で稼いで自分で生活しなさいって」
「そんなことはもう何度も何度も言ってきました。でも自分からは出て行きません」
「だったら、追い出せばいい。どこか手頃な場所に小ぎれいなワンルームマンションを借りて、そこへ追い出せばいい。ゲームもパソコンも引っ越す。そこで一人住まいさせるんですよ。今の彼の部屋には何もないようにする。お父さんの書斎にしちゃえばいい。そして最初の半年か一年だけは親が家賃を払ってやって、あとは本人に払わせればいいんです。就職なりバイトなり、お店の手伝いなりして自分で稼ぐようにさせるんです。経済的に甘やかすから精神的にも甘えるんです」

●親が子を心配し、経営者が景気を心配するのは当然のことではあるが、必要以上に思いわずらってはならない。

「こうあるべきだ」「こうあってほしい」という気持ちが強くあり過ぎると、そうならない時に慌ててしまう。
何が起きようとも、「あ、そうですか」とそれに対応していけば良いのだ。

豆腐の腕前は確かだ。このご夫妻と長男がこれからどのように変わって行かれるのか、楽しみである。