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続・ヴァテールの教訓

前号の続き。まずはおさらい。

中世フランスの貴族社会では美食自慢と社交を兼ねた晩餐会が盛んに催された。メートル・ドテル(給仕長)に選ばれようものなら、通常の料理人の2倍のギャラを受け取ることができた。調理場の人員選び、食費の管理、献立決め、食材の調達、パーティのイベント決めなど幅広い仕事を給仕長は任される。

有名な貴族だったコンデ公のもとにフランソワ・ヴァテールという腕のよい給仕長がいた。ある日、料理界の歴史に残る大晩餐会が催された。三日間で総額1億5千万円に及ぶ料理とイベントが彼に一任された。だが、このときヴァテールにとって気の毒な不運が続く。

二日目の夜、予定以上の人が訪れ、肉が不足した。その夜は天候にも恵まれなかったため、大金をはたいて企画した打ち上げ花火は企画倒れに終わった。さらに3日目の朝になると、厨房に届いた魚介類がごくわずかしかないことが判明した。天候不順が続き、充分な漁獲量が確保できなかったようだ。

「もうダメだ」と覚悟し自室に戻っていった。そこには剣がある。

ここで前号は終わったわけだが、すぐに読者からメールがきた。「まさか武沢さん、ヴァテールが逆恨みして、ご主人やゲストを殺したんではないでしょうね」というご心配をおかけしたが、実はそうではない。その剣で自分の身体を三度刺し、自害してしまったのだ。

変わり果てたヴァテールの姿が発見されたころ、厨房には続々と魚介類が届きはじめた。天候のリスクを分散するために複数の港に発注しておいたのだった。そのことをヴァテール本人が忘れ、「今夜の晩餐に食事が間に合わない」と早合点しての自害だったと言われている。果たしてそれが真相なのかどうかは、今、知るよしもない。

結局、この三日間に及ぶ晩餐会は人々の記憶にながくとどめられる素晴らしい会になった。後日、ヴァテールの変事がフランス社交界に漏れ伝わったとき、もうすこしで晩餐会そのものが台なしになるところだったと人々は批難した。「彼の責任感はみとめる。だけど自害するようなマネは絶対してほしくない」と皆が言った。

では、ヴァテールは犬死にしたのだろうか?

実はそうではない。ヴァテールの自害は料理界に衝撃を与えただけでなく、第二第三の被害者をつくらないために、仕事の仕組みを変えることにつながっていく。

フランス料理界ではすぐに、給仕長、料理長の名簿をつくり、仕事をサポートしあう分担リストにした。腕を競いあうという意味では料理人は互いにライバルである。しかし、大きな晩餐会を行うときには助け合う仲間になった。また、肉料理やシチュー料理はスゴ腕でも、デザートに関しては評価されない料理人も多かった。そうした得意料理の守備範囲も互いにフォローしあうことにした。

それだけではない。宮廷につとめる給仕長と食品会社は1年(または3年)契約を結ぶようになった。契約期間中は、食材を優先的に供給されることが約束され、しかも値段が定額に保証された。

こうしてヴァテールの死が料理界の革新につながっていき、第二第三の被害者づくりを食い止めたのである。それを思えば、誤解にもとづく痛ましい事件でありながらも、すこし救われる思いがする。

※GWの『がんばれ社長!今日のポイント』はカレンダー通りにお休みします。