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続・勝呂八郎の生きざま

<昨日のつづき>

1杯50円のカレーライスにありつくためにコツコツとお金を貯めた。1円玉ばかり50枚貯めて食堂に行き、久しぶりのカレーライスを噛みしめる。それは勝呂八郎にとって至福の瞬間だった。だがある日、レジで1円玉を積み上げる勝呂に女店員が鼻で笑った。多感な16歳の青年にとって、お金が貧しいと心まで卑しくなる気がした。後に本で「粗にして野だが卑ではない」という言葉を知り、座右の銘にした。そして、二度とお金に困らない人間になると心に決めた。

東北の寒村で戦後間もなく生まれた八郎は、成人して仙台に引越した。税理士事務所で働きながら税理士になる勉強を始めたのだ。当時の月給は2万円ほどだったが、節約に節約を重ね、25歳ですでに60万円貯めていた。給料の2年半分に相当する額で、今の750万円ほどだろうか。

勝呂の勤務先の所長が毎月消費者金融から借りたお金で職員の給料を払っているのを知った。すぐに勝呂は全財産の60万円をおろしてきて、所長に呉れてやった。貸すという考えはみじんもない。船長を救わないかぎり、自分が乗っている船も沈むのだ。返してもらっていてはいつまでたっても船は安定しない。

お金を所長に渡し、勝呂は所長に質問をした。
「そのお金で事務所はやってゆけるようになるのでしょうか?」
「おかげで一息つけるね」
「一息ってどの程度でしょうか?」
「三月か、せいぜい半年かな」
「黒字になるにはあと何社くらい顧問先が必要なのですか?」
「そうだねえ…、顧問料が3,000円として30社ほどかな」
「30社ですか…」
「気が遠くなるだろ」
「あのぉ、たいへん差し出がましいお願いですが、私を明日から営業に出させて下さいませんか」
「経験があるのか?」
「ありません。でも仙台の中心街にある会社や商店に飛びこんで顧問先を取ってきます」
「それって違法だろう?」
「税理士がすでに居るところに営業をかけるのは違法ですが、居ないところには問題ありません」
「ありがたいが、あまり波風たてないようにやってくれよ。僕が税理士の看板を失ったら全員が職を失うわけだから」
「そのあたりはご心配なく。とにかくやってみます」

勝呂の本心は内勤をずっと続けたかった。事務所で仕事をしていれば、たくさんの実務経験を積めるし、知識も増える。資格取得のためにはそれが一番好都合だった。しかし、自ら「明日から営業に出る」と宣言し、毎朝8時半から夕方4時まで飛びこみ訪問をつづける日々が始まった。

営業経験もなければ知識もない勝呂だが、あれこれ考えている余裕はない。傾いている事務所を救うためには顧問先を増やすしかない。契約書を持って事務所を飛び出た。

「帳面付けは間に合ってますか?」「税理士事務所ですがどなたか、すでに先生はお決まりですか?」「税理士に帳簿を任せてみませんか」

オフィスや商店をそう言って回った。けんもほろろの対応をされることが多かったが、なかには仕事の手を休めて話を聞いてくれる所もある。

「帳面?お宅、幾らでやってくれる?」「はい、3,000円でいいです」
「それは高いわ、せいぜい1,000円だわ」「お客さん、うちは法外な事は言いません。相場は初任給の10分の1ですから」「今手が離せんからまた明日寄って」「はい、明日の今時分に来ます」

昭和40年代は日本経済が奇跡を起こしていた。好景気に支えられ、勝呂の営業は成果をあげた。毎朝事務所を出るときには、その日の日付入りの契約書に印紙を貼って出かける。そこまでして自分を追い込み、営業力に磨きをかけた。そしてわずか三ヶ月もしないうちに30社の顧問先獲得を達成し、事務所は黒字転換した。

黒字になると、所長も新しい欲が出てきた。事務所では顧問先に保険を紹介して手数料を得ていたが、微々たる金額だった。それを勝呂の営業力で伸ばせるのではないかと考えたのだ。次の日から勝呂は顧問先を中心に保険をすすめて歩いた。役員や社員の万一に備えて、そして、退職金の積み立てにもなる保険をすすめた。それも功を奏した。勝呂の懸命な営業で事務所の売上げはすぐに2倍になり、やがて3倍4倍と増えていった。

勝呂は事務所のなかで救世主のような扱いをうけた。

数十万円だった事務所の月間売上は、あっという間に数百万円になり、ついに1,000万を突破した。仙台でも屈指の税理士事務所になり、所長は仙台の名士に仲間入りした。月収が100万円を超えた所長のほか、勝呂たち職員にもかなり高い給料が支払われるようになった。

その頃からである。
勝呂の存在が目立ちすぎたのかもしれない。所長は手のひらを返したように勝呂をいじめ始めた。他の職員も所長から給料をもらっている手前、所長に与(くみ)した。勝呂は所長と一蓮托生のつもりだったので、この想定外の雲行きに動揺した。

<明日につづく>
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これは実話ですが、ご本人も関係者もご存命であり名誉を保つために、職業・地域・年齢などは変えてあります。仮に「仙台の税理士」を調べても何も出ません。(武沢)