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天才不要→天才必要

連日私たちを熱狂させてくれているドイツW杯の行方もいよいよ4強に絞られた。残った顔ぶれは、ドイツ、イタリア、ポルトガル、フランス。ブックメイカーによる戦前予想は、

1位:ブラジル 3.25倍
2位:イングランド 7.00倍
3位:ドイツ 8.00倍
4位:アルゼンチン 9.00倍
5位:イタリア 10.00倍
6位:フランス 13.00倍
7位:スペイン 15.00倍
7位:オランダ 15.00倍
9位:ポルトガル 23.00倍
10位:チェコ 34.00倍
(ウィリアム・ヒル社の開幕前日・2006/6/8予想)

という予想だったので、ほぼ順当に強豪が勝ち残ったといえよう。

だがちょっと意外だったのは南米の2強。ブラジル・アルゼンチンがともにベスト8で姿を消してしまった。それに象徴されるように、サッカーに求められるものが個人技サッカーから組織サッカーへ、更には11人で行うサッカーから交代枠も含めた14人サッカーへ、いや、ベンチ入りする18人の選手+監督・通訳の20人サッカーへ、という具合に組織力、総合力の勝負に入った感がある。

組織といえば、「組織とは凡庸な人たちによって偉大なことを成さしめる場所」という言葉があるが、ことW杯においては「凡庸な人たち」では参加することすらできない。凡人ではなく、あくまで “天才たちの祭典”という感がある。

だが、その「天才」も先天的なものではないようだ。努力することの天才という表現がピッタリだ。テレビ番組によれば、あのロナウジーニョ選手だって子どものころから天才選手だったわけではない。
むしろ器用な選手ではあるが、線が細くて苦労している。
しかし、とにかくサッカーが大好きで、いつもボールを触っていないと気が済まない少年だったようで、サッカーは彼にとって仕事でも遊びでもなく、自分の全てといえるほど大好きだったようだ。だから彼のあの笑顔は、大好きなサッカーをしている子どもの自然な笑顔なのだが、フランス戦ではめずらしくそれが消えてしまっていた。

つまり、天才は生まれるものではなく作られるもののようだ。

練習、練習、また練習。お客さんを入れておこなう試合のほうが練習より楽に感じられるほどきびしい練習をおこなう。

ラスベガスで今大人気の「オー」「ル・レーヴ」「KA(カー)」といったショーは週4回程度の興業が多いが、のこりの時間の大半が練習に充てられている。
しかもコンディション調整のための練習ではなく、本番さながらの真剣さが要求される練習だ。時には本番以上にむずかしい技にも挑戦するので、緊張感は本番以上。
また、この練習過程でショーの構成もしばしば変わるという。

元オリンピック選手や世界チャンピオン、中国雑伎団の看板選手などをスカウトしてきて彼らにショーのイメージを伝え、話し合い、トレーニングをくり返す。競技選手のころよりもトータルの表現力は向上し、技の完成度も高まる。
五輪選手が現役を引退してからたどり着くところがラスベガス、なのではなく、ラスベガスのショーに出たいから五輪選手を目指す、というような流れが起きてくるかもしれない。

サッカーやラスベガスのショーなどを観ていると、「一人天才」の時代から「組織天才」の時代へ、さらにこれからは「全員天才」の時代が始まろうとしているように感じるのだ。